龍のシカバネ、それに月
3
無理もない。
連日、僕に従いて働いてくれている。
誰かに指示を出して動いてもらうことに慣れていない僕のそばで、機転を利かせて上手に立ち回ってくれている。
その分見えない苦労も多いはずだ。
「反対に、僕が目さめちゃったな……」
真っ暗な部屋の中で、ゆっくり寝返りを打つ。
枕にじっと耳をつけて瞬いていると、どこからか衣擦れの音が聞こえたような気がした。
寝返りを打つような、起き上がったような。
(『起き上がったような』?)
慌てて布団から出ると、なるべく静かに襖を開いた。
朋哉さんが眠っている隣室の間接照明は、光量を最小に絞って灯りをつけたままにしている。
「……っ……?」
立ち上がると、もぬけの殻になった布団だけが残っているのが見えた。
しゃらしゃらと吊るし灯籠の細工が鳴っている。
夜風が出てきた。
物音を立てないよう足早に歩きながら、辺りに目をやる。
時折、立ち止まって耳を澄ませた。
どこからか、鈴の音が聞こえやしないかと。
(だめだ。鈴の音は聞こえない)
風が灯籠の細工を揺らすせいで、音が混じってよく聞こえないのだ。
恨めしく吊るし灯籠を見上げて息を吐く。
風に流された雲の隙間から、月がゆっくりと顔を覗かせた。
ぼんやりと輪郭を滲ませる月は、雨を呼ぶ。
「っ、紅騎さん……?」
離れから距離を置いた庭の向こう側に、紅騎さんが歩いている小さな姿が見えた。
でもこんな時間だ。紅騎さんが離れに来る用事なんてない。
(いや、帰るところ?)
そう思ってから、紅騎さんのことを考えてる場合じゃなかったと踵を返した。
早く朋哉さんを見つけ出さないと。
夕方、抱えられて帰ってきたばかりの弱った体に何かあったら大変だ。
「優月?」
暗がりから声をかけられて、飛び上がりそうになった。
みんな寝静まっている夜半だ。
誰かから声をかけられるなんて、思ってもなかったから。
声の主に振り返る。
雪駄を履いて砂利の上に立っているのは、朝陽だった。
髪や肩についた何かを、手のひらで払っている。
「雨、もう降ってきてるの? 早く上がりなよ」
うん、と短く答えて、廊下に上がってくる。
寝間着姿の朝陽がじっと僕を見つめてきた。
「もう、寝てるだろうと思いながら来てみたんだけど」
眠りにつく時間だ。
会えないだろうと思うのは当然だ。
会えないと思ったのに、存外に会えた。
でも、だから嬉しい、という表情じゃない。
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