[携帯モード] [URL送信]

龍のシカバネ、それに月
2

といっても朋哉さんはこんこんと眠っているのだから、何も起きようがないのだけど。

(南龍後継である紅騎さんが、軍議に参加しなくて良かったなんておかしい。あれは絶対サボって来たに違いない)

 軍議をサボってまで、朋哉さんに会いに来たのだ。
 何か意図があったんだと思う。
 例えば、朋哉さんに何か聞きたいことがあった……とか。

(って、そんなの、三龍側なら全員、朋哉さんに何かしら聞きたいことがあるに決まってる)

 北龍 影時の思惑、地理、布陣……青鷹さんの無事……。

「静さんが帰った時、紅騎さんは?」

「それが、もういらっしゃらなかったんです」

 半ば拍子抜けしたように言う静さんの様子に、小さな笑みが浮かぶ。

 至近距離で、先の匣姫と南龍後継が二人きりでいるのだ。
 珍しい光景をもう少し見ていたかった気持ちは、少しわかる気がする。

「紅騎さん、静さんには『朋哉さんを見ている』と言ったのに。やっぱり軍議に出なきゃいけなかったんですよ、あの人も。それなのに自分だけ抜け出して、朋哉さんの顔を見ようだなんて……」

 僕が捲し立てるのを聞いてくれながら、静さんはくすくすと笑い声を立てた。

「紅騎さまのお気持ち、わかる気が致します。……と、私などが言うのもおこがましいことですが」

「わかる? 紅騎さんの気持ちって、どんな?」

 後継のお気持ちと言っても少しだけですよ? と前置きして、静さんは続けた。

「先の匣姫さまのお姿はごくたまにお見かけする程度でした。私はあの頃、小学生でしたし」

 そうだ。
 静さんはごくたまに蒼河さんより少し年上だ。
 あの頃、蒼河さんが小学一年生だったんだから、彼より記憶は鮮明かもしれない。

「あの夜初めて、朋哉さまの匣姫としてのお姿を見ました。私は色名を持っていませんので、遠目でしたが。それはもう……この世の方とは思えぬ美しさでした」

 まるで天女が舞い降りたかのような。
 そんなふうに表現しながら、静さんの心は12年前の儀の夜に馳せている。

「へぇ……僕も見てみたかったな」

 僕がたまに夢で見る朋哉さんと、違いがあるんだろうか。
 夢の中で舞う朋哉さんは綺麗だったけど、匣宮で初めて実際に顔を合わせた朋哉さんは、ぞっとするほど綺麗で……写真の父さんに似ていた。
 もちろん、写真の父さんは普通の男の人で、朋哉さんが醸し出す……なんと言うのか、色気みたいなものはなかったけど。

 眠っている朋哉さんも綺麗だった。
 起きて、早く自分を見つめて欲しいと過るほどに。

 同じ匣姫である僕がそんなことを思う瞬間があるのだ。
 龍があの目に見つめられれば、どれほど狂わされるか――。

「……静さん?」

 呼んでみると、予想通り、規則正しい寝息が帰ってきた。
 僕が一人、考えを巡らせている間に眠りの虜になってしまったらしい。


[*前へ][次へ#]

2/13ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!