龍のシカバネ、それに月
1
蒼河さんと別れてすぐ訪れたのは、朋哉さんの寝所だ。
薄暗い部屋の足元に小振りの間接照明が灯っているのは、静さんが僕が帰ってきた時のことを考えてくれていたからなんだろう。
それをありがたく思いながら戸口の几帳を過ぎると、夕方この目で見た通り布団の中で静かな寝息を立てている朋哉さんの姿があった。
(ちゃんと寝てる)
良かった。
朋哉さんが南龍屋敷を歩いていたなんて、やっぱり気のせいだったんだ。
隣室とをつなぐ襖が小さく開いて、寝巻き姿の静さんが顔を覗かせた。
「お帰りなさい、優月さま。遅かったので、心配しました」
途中一度探しに行ったんですよ、と続けながらお茶を淹れてくれる静さんに謝って部屋に入った。
小ぢんまりとした和室に、布団が二組敷いてある。
「僕たちの寝室、ここに移ったんですか?」
「はい。『先の匣姫さまの近くに優月さまにいてもらったほうが良いだろう』って、茜さまが直々にいらして」
寝間着に袖を通す手を止めた。
「茜さま、が?」
はい、と返しながら盆に載った茶を進めてくれる。
僕の小さな動揺に気づいていない静さんに背を向けて、寝間着の帯を結んですわった。
入れたてのお茶が良い香りだ。
(茜さんが、わざわざここに来たんだ。何のためだろう)
保村茜。
桜子の、母さんの姉に当たる人。
南龍頭領の妻で、紅騎さんと朝陽の母親。
僕にとって伯母にあたる彼女に、まだ会ったことがない。
もし会えたら、教えて欲しいことがたくさんある。
同じ南龍屋敷の屋根の下にいるというのに、偶然すれ違うこともない。
紅騎さんの話では、南龍屋敷に僕を引き取ることを茜さんが反対しているとか。会ったこともないのに、嫌われているんじゃないかとか、ふと思う。
「あっ、あつっ!!」
「!? 大丈夫ですか、優月さま」
ぼんやりしていたせいか、湯飲みを手から取り落としてしまった。
静さんが手巾で拭ってくれている間に、手のひらに目をやった。
どうしたんだろう。
一瞬しびれたように感じた。
(……? やっぱり疲れてるのかな)
新しく入れなおすと言ってくれた静さんに断って、布団に横になった。
ふんわりした布団に身を預けると、じわっと睡魔に襲われる。
おやすみなさい、と静さんが灯りを消してくれるのに、うんと返した。
「そう言えば、紅騎さん……朋哉さんに会いに来てましたけど、すぐ帰ったんですか?」
布団に横になる気配を感じる。
「ああ、優月さまを探しに出たんですよ。紅騎さまが朋哉さまを見ていると仰って下さるので」
紅騎さんと朋哉さんが二人きりで?
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