龍のシカバネ、それに月
4
「軍議がもう始まる。実際に現場を見ているおまえが不参加っていうのは許されないから。優月も、先の匣姫の様子、見ないとだめでしょ」
さらさらともっともなことを言う紅騎さんは、いつもと同じ無表情だ。
朝陽は紅騎さんには「わかった」と短く返してから、僕を見た。
ごくんと喉が鳴る。
やっぱり今、聞いておきたい。
「朝陽っ……あの、青鷹さんのこと……見なかった……?」
一瞬、驚いたように目を見開いて、朝陽はふいと視線を逸らした。
「ごめん、優月。軍議に遅れるから」
後で、と言ったような気がしたけど。
よく聞こえないまま、朝陽はきびすを返して行った。
背中を見るだけでも疲れているのがわかる。
朝陽の背中を見送っている僕の腕をとって、紅騎さんは「先の匣姫んとこ、行こう」と歩きだした。
朋哉さんはすでに、静さんに寝所に運ばれて行ったはずだ。
それより、
「帰ってきたばかりです。少し、朝陽を休ませてやって下さい」
振り返った紅騎さんの射るような目に、逸らさずにいるのが精一杯で次の句が続けられない。
呆れたような顔をされると、きゅっと胸が縮みあがるようだ。
「さっきも言った。現場を見て指揮した者が、軍議に出る必要があるって。南龍のやり方に口出してくるなら、俺か朝緋の匣になってからにして」
僕は確かに、紅騎さんの言うように、部外者だ。
「確かに部外者だけどっ……朝陽のことは、紅騎さんよりずっと知ってます。朝陽は口は生意気ですけど、繊細な子です。連日の戦場の後、すぐ次の軍議だなんて、そんなこと繰り返してたらもたない」
「何の役に立たないのに、口だけはお喋りだな、優月」
ぴしゃりと撥ね付けるような口調はさっきと同じで。
唇を撫でた親指を、紅騎さんは赤味の強い舌先で舐めた。
「甘いけど、前ほどじゃないな。薬挿れてるの?」
“薬”。
一言いわれるだけで、その場面を思い出してしまった。
顔に熱がのぼる。
「負傷した人たちの手当てをしてるんです。あ、当たり前でしょう?」
紅騎さんは白けた顔をして、だよね、と返して、足元の雪駄を脱いで、縁側に上がった。
その先が、朋哉さんが運ばれて行った部屋だ。
廊下の板の間が、きゅっと音を立てる。
リズミカルに音を踏んで歩く紅騎さんの背中を追いかけて行った。
「紅騎さんっ……もしかして、貴方だって軍議に出なきゃいけないんじゃないですかっ!?」
「優月もしつこいね。うんざりする」
襖を開きながら、眉間にしわを刻んだ顔をわざわざ振り向かせて、唇に人差し指を立てた。
「寝てる匣姫さまに近づくんだから、静かにね」
って匣姫に注意喚起するのも変、と独り言をこぼして、紅騎さんは寝室に膝を進めた。
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