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龍のシカバネ、それに月
3

 返しかけたきびすを止めて、朱李さまは「当然です」と答えた。

「先の匣姫さまがご帰還になることは想像しておりませんでしたが、これは大変な好機……」

 何しろ北龍を守る匣姫を削いだのですからね、と続く。

 遠距離からでも関係なく、珠生さんを守護していた朋哉さんなら、他に色んな能力を持っているに違いない。
 北龍に脅されて、それらの力は北龍のために行使されてきた。

(それが北龍の守備の何パーセントに当たるのかはわからないけど……朱李さまの様子を見る限り、きっとかなりのパーセンテージを占める……んだろう)

 粥を配膳しているどこかの匣姫とは随分な違いだ、とどこか僻みじみた考えが浮かぶのを追い払った。

「北龍を叩くのは今です。優月さまは先の匣姫さまの治療にご尽力されますようお願い致します。匣姫が二人も在る我が三龍と丸裸の北龍では、雲泥の差が生じておる」

 高揚を隠せない早口でまくし立てた後、行くぞ、と朝陽に声をかけてきびすを返していく。
 その後を幾人かの南龍が足早に追いかけていく中、朝陽だけが僕の前に残った。

「朝陽は……怪我はない?」

 僕の言葉に苦笑を浮かべてから、朝陽は肩を抱いてきた。
 鼻先が首もとに触れて小さな声が「褒めて」と言ったように聞こえた。

「朝陽……」

 僕の肩を抱く腕が、微かに震えている。
 爪先に力が入って、小さな痛みを感じる。
 僕にだけ伝わってくる震える体に、腕を回した。

(怖かった、よね……)

 朝陽は、朝陽だけは僕と同じだ。
 幼い時から龍として生きてきたわけじゃない。
 突然この道がおまえの通るべき道なんだと、否応なしに示された者同士。
 いきなり投じられた戦が、恐ろしくなかったわけがない。

 背中に回した手のひらから、じんわりと匣の力が朝陽に入っていくのがわかる。
 そうしていながら、僕は自分の胸の早鐘のような鼓動を感じていた。
 ……聞きたい。

(青鷹さんのことを聞きたい。同じ場所に行ってた朝陽なら、青鷹さんのこと、何か知ってるかも)

 襟元に近い朝陽の唇が、ほっとするように息を吐いた。

「優月にこうしてると、安心する……」

 うん、とだけ返す。

(それは、知ってるよ……)

 朝陽は人見知りで、いつも僕を誰かに近づけないように、後ろから袖を引いていた。
 安心する、と言っては勝手に抱きついてきて、鼻先を擦りよせてくる……僕の、弟。
 傷ついてやっと帰ってきた朝陽に、青鷹さんのことをなかなか聞くことができなくて。

「朝緋」

 ぴしりと投げつけてくるみたいな呼びかけに、朝陽ははっと顔を上げた。
 腕をまだ僕の肩に残したまま、声の主を見返す朝陽は、ちゃんと南龍頭領の息子の顔に戻っている。

 背後に立っていたのは紅騎さんだった。
 治療に集まっていた龍たちが、敬意を表するのに、密やかな音があちこちから鳴った。

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