龍のシカバネ、それに月
2
ざわめきが大きくなった。
配膳係の女性たちが、それぞれ桶に入った粥を持って現れたからだった。
「静さん。運ぶのを手伝いましょう」
手当ての道具を一旦置いて、粥を茶碗によそっていると、今度は日の落ちた外がざわめきだした。
現れたのは、南龍頭領 朱李さまだった。
「朱李さま」「頭領」と口々に主を呼び、布団の上で敬意を表すように頭を下げる。
朱李さまの腕に、毛布にくるまれた誰かの姿があった。
一瞬それが青鷹さんじゃないかと、胸を凍らせた。
その後ろに、血と泥に汚れた朝陽がいたのが視界に入った。
「朝陽っ……」
良かった無事で。
心の中でだけ言葉をつづって。
目が合うと、遠目だというのに朝陽がにまっと笑ったのがわかった。
皆を労う言葉のあと、朱李さまはちらと腕の中の人に汚れた目をやった。
「我らは――」
皆が固唾を飲んで、南龍頭領の腕の中の人を見つめていた。
「我ら三龍は北龍の手より、先の匣姫を救いまいらせた」
息を飲む密やかな音まで聞こえるほどの静けさが広がった後、次に南龍屋敷を揺るがせたのは勝鬨の声だった。
東も西も南も関係ない。その場にいる龍たちはお互いの手を取り合い、勝利に涙した。
12年ぶりの帰還。
奪われた匣姫が目の前に在ることに、皆が歓喜していた。
(朋哉さんが、帰ってきた……)
粥の茶碗を板間に置いて、僕は吸い寄せられるようにして地に降りた。
雪駄越しの土の感覚がよくわからない。
僕の姿を見止めた朱李さまは、朋哉さんの身を庇いながら、深く頭を下げた。
正直、お辞儀なんてどうでも良くて。
「匣姫さま。今お探ししているところでした」
朱李さまの指したほうを振り返ると、さっきまで僕がいた場所に蒼河さんと、困惑したような顔をしている静さんがこっちを見ていた。
「あの、朋哉さんは無事なんですか?」
「外傷はほとんどない。多分、精神的なショックで気を失っている」
答えたのは、朱李さまの後ろに控えていた朝陽だった。
初陣にして匣姫を連れ帰った朝陽は、まだ南龍に戻ってから月日が浅いというのに、誇らしげな顔をしている。
「朝陽が、朋哉さんを助け出したの?」
「勿論ですよ、匣姫さま。朝緋は南の英雄です」
答えたのは朱李さまだ。
偉業を為した息子を見る目が熱い。
期待に応えてくれたことが、親として頭領として嬉しいのだろう。
一時の勝鬨を聞いて、まだ熱の醒めない雰囲気の中、朱李さまは朋哉さんの床を準備させた。
「おそばには貴方がいらして下さい、優月さま。なんといっても先の匣姫さまなのですからね。こちらはまた軍議をせねば」
軽そうに見える朋哉さんの体を、いつの間にかそばに控えてくれていた静さんの腕に渡しながら、朱李さまは気忙しく、言葉を捲し立てた。
「軍議? 朋哉さんが戻っても、まだ戦うんですか?」
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