龍のシカバネ、それに月
1
奇妙な色をした空だと思った。
濃い桃色と、急速に色を落として夜へと変わっていく色がない交ぜになって、ふとした隙間から悪鬼でも現れそうな。
「雨になるんでしょうか」
蒼河さんより少し年かさの――名前は静(しずか)さんといった――龍が僕のそばで空を仰いだ。
そうかもしれないですね、と曖昧な返事をしてから、目の前の、傷を負った龍の背中を支えた。
血と泥にまみれた龍はうっすらとまぶたを開いて「匣姫さま」と掠れた声で僕を呼ぶ。
信じられないものを見るような目で僕を見る。
その手を握って「大丈夫です」と微笑を浮かべると、心の底から安心したような顔をして目を閉じる。
中には涙を浮かべる人までいて。
繋いだ手から、支えた背中から力を流しながら、龍たちの心の中に在る『匣姫』の大きさを噛み締めた。
龍にとって、匣姫は不可欠。
そんな言葉を聞いて頷いてきたけれど、今ほどそれを実感したことはない。
「お疲れじゃありませんか? 匣姫さま」
隣で龍の傷を消毒する手を止めて、静さんが僕を顧みた。
「まだまだ大丈夫です。静さんも疲れたら言って下さいね」
そう言って空いた両手をひらひらさせると、「でも」と困ったような顔をする。
「全然寝ていらっしゃらないですよね?」
「……。大丈夫ですよ?」
次の龍の背中に手のひらを当てながら、しまったと思った。
(寝所を抜け出しているのを、静さんに見られていたのかな)
南龍屋敷の離れが、丸ごと負傷者の治療所になっていた。
西龍のマンションを出た僕は、即座にここへ連れて来られた。
紅騎さんが言ったとおり、傷ついたものを治すためだ。
広い板の間にずらりと敷き布団が並んでいて、新たに横たえられる者、傷をおして出ていく者、治療に当たる医師がいて、看護者がいて。
彼らを手伝う女性たちがいて。
南龍屋敷離れはごった返していた。
夜は同じ離れの別部屋を1つ借りて、その部屋で静さんと睡眠をとるのだけれど。
(眠れない)
いつ何どき、どんな状態で青鷹さんが帰ってくるかわからない。
眠っている間に帰っていて、気づかなかったなんて嫌だった。
誰より先に会いたいとまでは思っていないけど、傷を負って帰ってきたら、できるだけ早く治してあげたい。
それに傷に苦しんでいる龍たちを、放ってはおけなくて。
部屋を覗いて、忍び足で布団の間を歩きながら、規則正しい寝息が聞こえると、ほっとできた。
今の僕は、彼らの心に在る『匣姫』として応えられているのだろうか?
「匣姫さま……ありがとう、ございます」
手を握っていた龍から言われたお礼の言葉に、はっと我に返った。
いけない、ぼんやりして。
「すぐ、良くなりますよ。大丈夫」
大丈夫、と繰り返し口にしてしまうのは、自分でそう思いたかったからかもしれない。
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