龍のシカバネ、それに月
10
手のひらに収まる程の影に縮んだ黒い煙に、爬虫類に似た目玉が2つ浮かんでいる。
僕のシャツを直しながら、雪乃さまは煙の目を振り返った。
「貴方が先の匣姫をさらった時に、我が西龍はほとんど命を落としました。おかげさまで今は二人きりなので、この部屋が調度良い大きさなのですよ」
(――っ!? “西龍は二人きり”って、まさか)
西龍は、雪乃さまと、灰爾さんの二人だけ?
初めて聞いた話に固まってしまっていると、煙の目は雪乃さまをじっと見つめ、2・3度瞬いて笑った、ような気がした。
口許もなかったというのに。
「確かに。……西が一番手強かった」
一言そう残して、跡形もなく掻き消えた。
まるで今まであったことが幻であったかのように。
ベッドの上に差し込む月光が、雪乃さまを更に白く浮かび上がらせた。
「雪乃さま……今の話は、んぐっ……?」
話の途中で、口の中に指を二本突っ込まれた。
何が何だかわからなくて目を合わせると、真顔だった雪乃さまがふんわりと笑った。
「よく濡らして下さい。まぁ、散々なぶられていたようですから、今更痛くもないでしょうけど」
唾液に濡らされた指が二本、僕の口から糸を引きながら出ていくのを見て、雪乃さまが何をしようとしているか、わかった。
僕のシャツの裾に手をかける雪乃さまをじっと見つめる。
「あ、あのっ……ごめんなさい、雪乃さまにこんなことっ……。お、願いします……」
内腿を指でなぞりながら、雪乃さまは顔を上げてきょとんと目を見開いてから、小さく笑った。
(な、何。なんかおかしなこと言っちゃったのかな)
熱を持ったすぼまりに指を当てられると、それだけで緊張が走る。
雪乃さまの指はひんやりと冷たかった。
「匣姫さまは……龍に何でもやらせておけば良いのですよ」
ゆっくりと、僕に痛みを感じさせないように、最善の注意を払ってくれているのがわかる。
「っ……」
雪乃さまのシャツを握って、入ってくる違和感をやり過ごしていると、その手を肩に導かれた。
「まさか月哉さまのお子に触れる機会が巡り来るとはね……。しっかり抱きついていて下さい、優月さま」
「……ん…」
ぴしっ、と静電気でも走ったような小さな衝撃が、下腹にあった。
一瞬の痛みは、すぐに引いて。
雪乃さまの指も、入った時と同じように気遣ってくれながらゆっくりと出ていく。
「終わりましたよ。影を焼きました」
「……やっつけたってことですか?」
腹の中で、まるで個別に意識を持っているかのように動き回る影を、……指先で捉えて一撃で?
こんな、一瞬で?
「熱も引いてくるでしょう。まだ痛みますか?」
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