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龍のシカバネ、それに月
9

「言え。腹の中の影よ、匣姫を俺の命令に従わせろ」

 下腹の中が、ぐる、と音を立てた。
 影が動いている。
 動く度に、脂汗が浮かぶ痛みが一緒に動いた。

「ふっ、う……痛…動かないで…っ…」

 痛くて下腹を押さえる手に、北龍の手がぶつかった。
 その手がするすると脚の付け根を撫で下ろし、長い指をさっきまで僕の指を食んでいた濡れた後孔にずぷりと突き入れた。

「やっ……」

「俺の質問に答えられるようになる練習をしようか。まず、俺の名前を呼べ、匣姫。匂いと同じ甘い声で、『影時さま』と」

 ぐちゅぐちゅと音が鳴る。
 北龍の指が、中の影ごと混ぜるように動かす淫靡な音。
 指を動かされると、影が僕の腹の中で溶けていきそうで、怖い。

「ぐ…言わないっ…!」

 ひくつく喉から出る声は掠れて、痛む。
 それなのに汗はこめかみを流れ落ちていく。

 目を合わせたまま、北龍は空いた手を僕の目の前に開いて見せた。
 うっすらと光が滲んで見える。

「もう片手にも光を滲ませたらどうなるだろう。裂けた腹から、最初に飛び出していくのは何だろうな……」

 想像よりもずっと非道なことを口にする北龍から、それでも目が離せなかった。
 北龍はずっとこんなやり方で、朋哉さんを支配してきたのだろうか。

(……匣宮には、どうして攻撃の力がないんだろう)

 誰かに守られるたびに思うことだ。
 誰かの傷を治すことはできても、その誰かの代わりに戦場に赴くことはできない。
 足手まといになって、結局は守ってくれる誰かを傷つける。
 匣宮で育てられなかった僕が今、たった1つだけ持つ能力は傷を治すことだけど。

(抗える力が、欲しい)

 そうしたら、青鷹さんを一人で行かせたりしなかったのに。

「…………」

 ふと、北龍が顔を上げた。
 バルコニーに面したガラス窓のほうをしばらく見てから、ふいと視線を部屋のドアにやる。

 そこに、いつの間にか雪乃さまが立っていた。
 いつも見るような、うっすらとした、皮肉を含んだ笑みを浮かべて。

「雪乃……」

「久しぶりですね、影時。貴方が囲った先の匣姫が狙われているというのに、西龍の棲みかになぞ影を飛ばしてくるとは。随分退屈しているみたいじゃないですか」

 俺から匣姫を奪えるヤツはいない、と返してから、北龍は僕の体から手を離して、雪乃さまに向きかえった。
 足元が、黒い煙に戻っている。

「ここが、西龍の棲みか? 昔は東龍屋敷と似たような大所帯だったのに、随分こぢんまりしたもんだな」

 ええ、と答えながら雪乃さまは近づいてくる。
 雪乃さまが近づくにつれ、黒い煙は立ち消えていく。

 ここにいる雪乃さまは実体だ。
 影に過ぎない北龍が勝てる相手じゃない。


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