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龍のシカバネ、それに月
8

 どうやら皆がいる場所から電話をかけてきているらしい、と思うと余計熱が上がりそうになった。

「…………?」

 壁際。
 多分熱のせいで涙が浮かんでいる視界に、ゆらゆらと霞む黒が見えた気がする。
 僕は本調子じゃない。
 本当に見えているのかどうか、判断不可能だ。
 でも。
 霞む黒は煙のように壁を抜け出し、ふわふわと近づいてくる。

「……あ…」

 もしもし優月ちゃん!? と灰爾さんの声が、遠くに聞こえる。
 携帯を持ったままの僕に、煙が近づいてきて、濡れた下腹を“撫でた”。

「っひ……」

 煙が、腹を撫でた。
 確かに、手で撫でられている感覚があった。
 思い出したのは、北龍の影から伸びた3本目の腕だ。

 煙が次第に集まり、濃くなっていく。
 腹に触れる煙は、感じた通り“手”になった。
 僕の片脚に馬乗りになり、もう片脚の膝にもう片手を置いて広げた形に固定する。
 シャツが長くて見えないだろうけど、僕が今まで何をしていたかは承知なんだろう。
 ずいと顔を合わせてくる。

「俺の影を孕んでおけ。腹に」

 北龍は薄い唇の端を引き上げた。

「北龍……“カゲトキ”……」

「俺の名前を知っているのか。それにしても、随分良い格好だな。昔は四龍で匣姫を取り合って血の雨を降らせたもんだが……今は一人で抜くほど、需要がないのか?」

 慌ててシャツの裾を引いた。
 そんな話に答える謂れはない。

 唐突に、煙の北龍が唇を合わせてくる。
 顔を背けるも、腹を撫でていた濡れた手が顎を捕まえてきて、強く押しつけられた。

「…んっ、む…」

 煙のくせに、ちゃんと体温がある。
 感触がある。
 ぎゅっと吹き結ぶ唇に割り入れようとする舌に、歯を立てた。

「っつ…!」

 北龍の口の端に血の筋が流れると同時に、黒い煙が浮かんだ。

 紫暗の目が細く歪む。
 その目を睨めつけた。

「ぼっ……僕は北のものなんかじゃない。朋哉さんだってそうだ。おまえのものじゃないんだろ!」

 返せ! と叫んで咳が出た。
 咳が止まるのを待っていたのか、血の滲んだ口許に笑みを浮かべて目を合わせてくる。

「託占のことを言っているのか? では、聞こう。
 朋哉は誰のものだと? 朋哉の配置先は確か東だったか。相手だった波真蒼治……今はもういない男だ。仮に、朋哉は“東龍頭領後継”のものだとしようか。現在の、東龍頭領後継は誰だ?」

「――――っ!」

 言うものか。
 青鷹さんの名前をこんなヤツに、絶対に教えてやらない。

 そう口を引き結んでいると、顎を解放されて、今度は腹を押さえられた。
 突き抜けるような痛みが走る。

「っ、痛っ!……」


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