龍のシカバネ、それに月
5
「でも、茜が止めるから仕方ない。理由は知らないけど」
茜さんが、止める?
僕を南龍屋敷に入れることを?
(それは……どうしてなんだろう)
少なくとも『匣姫を手に入れる』という点だけ見れば、僕を屋敷に置くというのは南龍全体においては利ということになるんじゃないんだろうか?
それを踏まえてなお、僕に在るマイナスと考える理由はいったい何なんだろう……
「――優月、これ」
話が終わったのか終わっていないのか、よくわからないけど唐突に、僕に向けて紅騎さんは紙袋を投げて寄越した。
「なに……」
「それ使って、自分で影を掻き出しな。自分の体のことだから、自分でできるよね?」
「紅騎! 酷なことばっかり言うな。いいかげんにしろ」
灰爾さんが止めてくれようとするのを、首を横に振った。
灰爾さんは僕を思ってくれて止めてくれてるけど、本当は紅騎さんの言うとおりだ。
僕は、僕の体の面倒ぐらい自分で処理できるようにならないと。
紅騎さんはまだ灰爾さんに腕を取られたまま、それでもさっきよりは幾分落ちついた声色で「察してるかもしれないけど」と、僕に言った。
「青鷹は、あの夜から帰ってきてない」
ごくんと喉が鳴って、唇がぎゅっと引き結ばれた。
「はい……」
あの夜。
生きた朋哉さんを見た夜。
北龍が朋哉さんを抱いて、夜の空を舞った。
「たとえ“龍殺し”の青鷹でも、先の匣姫を庇いながら、相手が北龍頭領となると話は別だから」
“龍殺し”。
いつか灰爾さんが僕に教えてくれた、青鷹さんの異名。
いつからそう呼ばれているのか、どうしてそう呼ばれているのか。
それも知りたいことの一つだったけど、今この状態で、紅騎さんに問うことはできない。
「青鷹は先の匣姫を追っている。優月の言葉の通りね。あれから一週間。青鷹を追って、東が援軍を送り、今は蒼河が藍架さまの下で動いている」
無論、残る南と西も動いている、と続く声に頷く。
「負傷して帰ってきている者が出ている。無論、一般的な処置は施しているけど、俺たちには匣姫が必要だ」
「……はい」
紅騎さんは灰爾さんの腕を振り払って、ちらと僕を見た。
「さっさと元気になって、役に立て。今んとこおまえ、それしかできないんだから」
言うだけ言うと、ぷいと踵を返して出て行ってしまった。
(ひょっとして僕は、紅騎さんに心配して励ましてもらってる……?)
呆気に取られた僕の前で、灰爾さんがぷっと吹き出した。
どれ、と紙袋を覗いて、灰爾さんはにやっと笑いながら僕を見る。
「できなかったら、手伝いに来てあげるから。携帯で呼んでね♪」
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