龍のシカバネ、それに月
3
ドアの向こう側から、灰爾さんがひそひそ声で問うてくる。
「いえ。何も」
そう、と返してきて、灰爾さんは続けた。
「滅多に喋らないせいかコミュ能力低いのよ、アレ。許してやってね?」
「違います。大丈夫です」
それより、と言葉を言いかけて、つぐんだ。
聞いて良いんだろうか。
朝陽まで、僕より年若い龍が、僕の一言で戦に向かったというのに。
「青鷹のこと?」
パジャマの膝を、ぎゅっと握りしめる。
「はい……」
「そんなのはこっちに任せてれば良いからさ。優月ちゃんは早く体治さなきゃ」
どうやったら全部取れるのかなぁ、と僕の体の影のことを呟くように言う。
あの夜、灰爾さんは確かに、青鷹さんの名前を呼んでいた。
「青鷹、深追いするな」と。
匣宮に青鷹さんもいたことは確かだ。
あの時僕を助けてくれたのは灰爾さんだった。
(変、だ)
直接助けてくれたのが灰爾さんでも、今そばに青鷹さんがいないのはどこか不自然だ。
「青鷹さん、怪我でもしたんですか!? 僕、帰ります! 早く青鷹さんを治さないとっ……」
ばん、とドアを押し開けてトイレから出ようとして、その場で待っていてくれた灰爾さんの腕に倒れこんだ。
腰が立たない。
思い通りに動かない体がもどかしい。
「落ちついて。朋哉さんが生きていたことは、優月ちゃんじゃないとわからなかったよ? 匣宮の人間じゃないと、きっと朋哉さんは出てこなかった」
「……え? 何の……」
あ。
灰爾さんは、聞いていたのかもしれない。
紅騎さんと僕の話を。
それで気を使ってくれて。
「お手柄だよ? 誰もわからなかったことだった。朋哉さんのことは龍で何とかするから、優月ちゃんは――」
「青鷹さんのことを、教えて下さいっ……お願いします」
灰爾さんが、僕を心配してくれているのはわかる。
でも知らないことのほうが、怖い。
「灰爾、帰ろう」
灰爾さんの後ろにいつの間に部屋から出てきたのか、紅騎さんが立っていた。
「今夜、南龍屋敷で集まる。東は蒼河が来る。西はおまえで良いんだろ? それとも雪乃さまが来られるか?」
淡々と今夜の予定を振りながら、紅騎さんは灰爾さんの腕から僕の体を剥がして肩に担いだ。
(?)
僕もわけがわからなかったけど、灰爾さんもわからないみたいな顔で、それでも返事だけはきちんと「俺が行く」と答えた。
紅騎さんは抑揚のない声でそう、と言って元の部屋に入っていくと、僕の体をベッドに下ろした。
「……なに」
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