龍のシカバネ、それに月
2
僕のすぐ近くにしゃがんで、紅騎さんは無表情に言う。
「…………。そんなことしてません」
あっそ、と短く返して立ち上がると、紅騎さんはベッドを過ぎて、バルコニーの見えるガラス窓に指をついた。
「灰爾良いなぁ、マンションぐらし」と呟くのが聞こえる。
その間ももがいていた僕は、ようやくベッドヘッドにたどり着いて、それに手をかけて床に足をつこうと力を入れていた。
「ねぇ。なんで戦う力もないのに、ぼっちで匣宮になんか行ったの?」
窓を背に振り返った紅騎さんにそう聞かれて、腕の力が抜けた。
べたっと腰が床に落ちて、下腹に鈍痛が走った。
多分まだ、中に影が残っている。
それより「聞いてる?」と促してくる紅騎さんに、はいと返して。
「あの、匣宮に何か手がかりが残ってないかと思ったんです」
言い切る前に「あのねぇ」と呆れたような声が話を千切った。
「北龍の呪詛で匣宮が廃墟になってから、何年経ってると思ってんの? 12年だよ? 何か残ってるなら、もう見つかってるでしょ。それとも何、俺ら三龍が総勢で12年かけて見つからなかったものが、一人で一晩で見つかると思ったってわけ?」
「そんなつもりじゃ……」
「何もできない、何も知らないくせに、片足つっこんでは人に迷惑ばっかかけて。会談では人前でわあわあ泣くし、役に立つ気のない匣姫なんていないほうがマシだね」
「っ……」
本当のことだ。
紅騎さんの言うことは全部本当のこと。
同じ匣姫なのに、朋哉さんは北に囚われていながらも珠生さんを守ろうとしていたのに。
僕には何もできていない。
逆に、迷惑ばかりかけている。
きゅっと唇を噛むことしかできなかった。
「朋哉さんのこと……」
「ああ、会ったんだってね。吃驚。生きてたんだ。南龍(うち)は朝緋に隊を連れて行かせた」
ぎくりと息が詰まる。
(朝陽を……)
朋哉さんが生きているとわかった時、どうにか北龍から救ってあげてほしいと思った。
それなのに、戦いに行ったのが朝陽だと聞くと恐ろしいと思ってしまう。
勝手なものだ。
そういう僕を見透かすかのように、紅騎さんは続けた。
「戦ってそういうものでしょ?」
「は……い」
ドアが開いて、グラスを持った灰爾さんが驚いた顔で足早に入ってきた。
「優月ちゃん。まさかベッドから落ちた!? それとも、どっか行こうとした?」
トイレ!? と続いた質問に思わず「はい」と答えた。
本当は、紅騎さんの目の前にいたたまれなくて。
灰爾さんに支えられてトイレに案内されて、ほっと息を吐いた。
これでもう“本当のこと”を言われなくて済む、と。
甘言しか耳に入れられない僕は、卑怯者だ。
「……優月ちゃん、紅騎になんかイジワル言われた?」
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