龍のシカバネ、それに月
1
――おまえは、本当なら最初から北のものだ。
黒い龍の頭領“カゲトキ”。
生きていた先の匣姫、朋哉さん。
(でも、北龍はどうして朋哉さんのことを“月哉”と父さんの名前で呼んでいた?)
朋哉さんは北龍にひどく怯えていた。
そして、珠生さんの心配をしていた。
――碧生を、どこにやったの?
碧生がいない、見つからないっ……。
居場所がわからなければ……カゲトキに見つかってしまう。
守れない。
碧生を……助けて。
『碧生を助けて』
珠生さんに助けを求めているのだと思っていた朋哉さんは、逆のことを口にしていた。
『カゲトキに見つかってしまう』
今まで珠生さんのことを、朋哉さんが守っていた?
黒い影が追いかけてくる。
廃墟となった匣宮の廊下を夢中で走っている。
それを嘲笑うかのように、追い越して減速して振り返る。
ふいに、黒い影から腕が伸びた。
恐ろしい勢いで、僕の喉を柱に押さえつけてくる。
息が、詰まる。
――このまま臓器を破って、全部中を混ぜてやろうか……。
「優月ちゃん!」
呼びかけに、目が覚めた。
シンプルな白い天井を背景に、灰爾さんが僕を覗きこんでいる。
ひんやり冷たいタオルで、僕の額を拭ってくれた。
気持ち良い。
「起きた? ものすごいうなされ方してたから、無理矢理起こしちゃった」
大丈夫? と続く優しい声に、ゆっくり頷いた。
灰爾さんはうんと返して、そばを離れて行った。
(ここ、どこだろう)
初めて来た場所だ。
アイボリーの壁にブラウンの家具。
シンプルで飾り気のない部屋は灰爾さんによく似合う。
(灰爾さんの部屋?)
起きあがると、自分が清潔なパジャマを着せられて、ベッドに寝かされていたことがわかった。
白っぽい上掛けをよけて足を下ろすと、ちょうど良い場所に茶色のスリッパが用意されていた。
それに足を差し入れる。
「ふかふか……」
機嫌良く立ち上がった瞬間、膝が落ちた。
がくんと下がる視界に慌てて手をついて。
それでも、腕に力が入らなくてそのまま、フローリングの床に落ちてしまった。
「!? なに……なんで力が入らな……」
腕をついても持ち上がらない体にじたばたしていると、さっき灰爾さんが出ていったドアが開いた。
入ってきたのは紅騎さんだった。
想像もしていなかった人の登場に驚いてから、とりあえず顔だけ上げる。
「無様だなぁ、匣姫さま。影は灰爾に取ってもらったんじゃなかったの? その後、灰爾とヤりまくっちゃったとか?」
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