龍のシカバネ、それに月
5
必死の形相に息を飲む。
「居場所がわからなければ……カゲトキに見つかってしまう。守れない。碧生を……助けて。うう……痛……頭が……やめて、カゲトキ……っ」
帰るから、もう帰るから、と繰り返して、その場に崩れてしまう。
「朋哉さんっ!!」
ひゅ、と何かがそばを掠めていく。
北龍の“影”だ。
幾つもの黒い人魂が現れては通りすぎ、帰ってきて集まる。
「何……これ」
無数の人魂が集まって、人の形を成した。
何度か北龍の影を見てきたけど、こんなのは初めて見る。
意味をなさない形から、真黒の和服を着た男になった影が、床に倒れている朋哉さんを抱き起こした。
動きに不自然なところはない。
元が無数の影だなんてわからない、まったく普通の人間の動きだ。
(でも“これ”は実体じゃない)
彼に抱かれ、顔色を蒼白にした朋哉さんは意識を失っていた。
その冷たそうな頬に手のひらを当てて彼は「月哉」と呼びかけた。
(“月哉”? 違う。父さんじゃない。この人は朋哉さんだ)
意識の戻らない朋哉さんを腕に抱いて立ち上がると、彼はじっと僕を見た。
冷たい目。
恐怖が僕の足を凍らせてしまったかのように、一歩も動けない。
怖いのに、後ずさることもできない。
ただ心臓だけが、壊れてしまったかのように早鐘を打ち続けた。
彼の空いた手が、凄まじい速さで延びて、僕の首を柱に縫いつけた。
「…んっ…っ!…」
喉が締まる、不気味な音がして、手から携帯と懐中電灯を取り落としてしまった。
その無機質な音に反応もせず、彼は息のかかる距離にまで顔を近づけてきた。
「月哉の子か? 名は?」
「……っ!!」
頭を横に振ってから、きっと睨み付ける。
彼が誰の影なのか、なんとなくわかる気がしていた。
勘が当たっているなら、この男に屈してはいけない。
「朋哉さんをっ……匣宮に、返せっ!!」
締め付けられた喉が辛うじて出した掠れた声に、彼は酷薄な笑みを浮かべた。
「顔は月哉に似ているのに、性格は……残念なことだな」
殺される――!?
ぎゅうと締め付けられる喉元に当たる手。
朋哉さんを抱く手。
暗闇に見えたのは、もう一本、僕に伸ばされた手だった。
彼の三本目の手が、視界の中でゆっくりと“影”に戻って、僕の衣服に潜り込んできた。
(影を“挿れられる”っ……!)
「や、ぁっ…ぐっ…」
びちゃびちゃと音を立てながら、腰を伝い、腹を過ぎて最奥に向かう。
服の存在などまったく無意味だと言いたげに、影は迷うことなく体内に入り込んできた。
掻き回されるっ……!
「…っ!! ぐ、やめ…」
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