龍のシカバネ、それに月
2
あいかわらず、匣姫は自分だけのものじゃないと言う青鷹さんに変わりはない。
何の進展もない。
(それでもいい……かな。今は)
進展はない。
時折こうして、もう隠せない表情で僕をこっそり見てくれていること以外は。
懐中電灯で足元を照らしながら歩く廊下は、みしみしと音を立てる。
所々、雑草が生えていて、罰当たりかもしれないけど外靴のまま上がらせてもらった。
匣宮。
壊滅し、呪われた場所。
誰かに相談したら止められるに決まっているから、一人で来た。
建物の中へ足を踏み入れたのは、これが初めてだ。
(何か、状況を打破するヒントっていうか……何か、僕にもできることがないか、っていうか)
そう言ったら青鷹さんには「じっとしてろ」と切り捨てられた。
「おまえは北龍に狙われている。別の意味では西と南にもだ。絶対一人になるな」
それはわかっているけど。
(そんな端から、僕にできることない、みたいに言わなくたって)
匣宮になら、何かあるかもしれない。
12年前、北龍に滅ぼされて以来、多分みんながここに何か残されていないのかと、捜索したんだろうけど。
鬼の目にも見残しとも言うんだし(鬼じゃなくて龍だけど)。
ほう、と息を吐いて板の間に腰を下ろす。
実際、何も見つけられていない。
久賀の家から出てきたのが、バレてなきゃ良いけど。
(北龍に滅ぼされて以来、か)
新たに青鷹さんの口から出てきた、『そもそも20年前』。
南龍である母さんが、匣姫である父さんと駆け落ちした。
当時、託占を受けて、匣姫を手に入れる権利を有していたのは、風祭雪乃さま、西龍。
他の候補者は、波真蒼治(東)、保村朱李(南)、そして北龍……名前はまだ聞いたことがない。
20年前の話についての情報は曖昧だ。
時が経ちすぎている。
先の匣姫に関する話にしても、当時居合わせたという現在の頭領後継たち――青鷹さん、灰爾さん、紅騎さんは小学生だった。
それが20年前となると、彼らは幼児だ。
恐らくしっかりした情報を持っているのは、現頭領年代ということになる。
(まだ頭領たちに聞ける親しさはないよね、僕は。会ったのですら、会談の時の一度きりなんだし)
話を戻して。
南龍である母さんが匣姫をさらったとして、権利を有していた雪乃さまが怒るのはわかるけど。
(それでどうして、その8年後の儀で、北龍が先の匣姫 朋哉さんをさらうことになったんだ?)
その当時の託占によれば、匣姫を引き受ける権利は東龍が受けていた。
朋哉さんは波真蒼治に配されることになっていた。
前回、権利を得ていながら匣姫を手に入れられなかった雪乃さまが異論を唱えるならわかる気はする。
朋哉さんは、珠生さんと恋仲だった。
だけど当人の思いなど関係なく、匣姫は託占で配される。
人の心を無視したしきたりに、珠生さんが反対するならわかる気はする。
だが、二人とも、朋哉さんが蒼治さんに配されることに対しては何も抗議しなかった。
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