龍のシカバネ、それに月
8
「青鷹さ――」
目の前でばん、とドアが閉まる。
一番聞きたいことには答えてはくれない。
ドアに額をくっつけていると、向こう側から背中を押しつけたみたいな、どすんと鈍い音がした。
「凡例通り行けば、託占が降りるまで匣姫は誰のものでもない。見つけたのが俺でも、優月は俺のものじゃない」
許してくれ、と続く言葉に唇を引き結んだ。
「許してくれ、優月。それでも君のことが好きだ。初めて会った時から、19の時からずっと君が好きだ」
「――……っ……!?」
青鷹さんが19のころ、って。
そんなに前から?
僕が記憶に残していなかったころから?
まずい。
ドアにごつんと額をぶつけた。
腕だけじゃ、体を支えきれない。
額をくっつけたまま、倒れそう。
(こんな時なのに、嬉しく、……て)
ドアに寄りかかりながら、額をくっつけたまま、その場に膝をついた。
寝巻きの上から胸が上下しているのがわかる。
やっと、青鷹さんを好きだと言ったのは嘘だと言えたのに。
青鷹さんは、次期東龍頭領になった。
匣姫を手に入れられる資格を持った。
だったら僕は。
「僕は、青鷹さんの匣にっ……なりたいですっ……」
「俺だけじゃない。南も、西も優月を欲しがっている」
そんなの知らない。
そう口に出して言えるほど、僕はもう何も知らないわけじゃなかった。
「今ここで、優月を俺のものにしてしまいたい」
「……はい」
ドア越しの告白に、胸が締め付けられるように嬉しくなる。
青鷹さんのものにして下さい。
状況を考えたら、そんなこと思っている場合じゃないのに。
だが、とくぐもった声が続く。
「そうすれば俺は、20年前の桜子さんと同じことになる」
向こう側で嘆息する音が聞こえた。
「20年前。南龍の娘 保村桜子が匣姫 匣宮月哉を連れて逃げた。匣宮月哉には、すでに託占が降りていた」
ずっと聞きたかった、父さんと母さんの、話。
ごくりと唾液が下る。
託占が降りていたということは、父さんには配される場所が決まっていた?
「西龍頭領 風祭雪乃さまが、そのお相手だったらしい」
雪乃さま――。
ゆったりと微笑む優美な白い龍の頭領。
あの方が、西龍が匣姫だった父さんの配置先。
それを拒んで母さんと逃げた。
――自らのご一族が連れ去った匣姫に、自らの護衛をつける。お手の早い南のやり方を、我ら西も見習わねばなりませんね。
三龍会談の時、南龍に向けて雪乃さまはそう言っていた。
あの台詞は、西龍に配置が決まっていた匣姫をさらった南への、母さんへの当てこすりだったんだ。
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