龍のシカバネ、それに月
1
ほわんとした白い雲が浮かぶ、薄い水色の綺麗な空が広がっていた真昼。
母が亡くなった。
事故だった。
母の職場から連絡を受け、さぞ酷い怪我をしたのだろうと駆けつけた病院のベッドに、母は横たわっていた。
怪我なんて、どこにもなくて。
まるで眠っているだけみたいに見えて。
それでも、どんどん失われていく体温が、現実なんだよと残酷な真実を教えてくれた。
ベッドのそばのパイプ椅子にすわったまま空を仰ぐと、母が気が向いた時に焼いてくれるバターロールみたいな形の雲が見えて、知らず輪郭が揺らめいてぼやけた。
「ハコミヤユヅキ……?」
背後から名前を呼ばれたような気がして、椅子から立ち上がって振り返った。
白いカーテンを端に寄せると、スーツに薄いコートを着た男の人が戸口に立っていた。
知らない人だ。
「母の、お知り合いの方ですか? 僕、長男の優月(ゆづき)です。ハコミヤじゃなくて、サトウ。佐藤優月」
「佐藤……」
彼は僕の名前を口にしてから、はっと我に返ったような顔で「失礼した」と軽く頭を下げた。
「俺は久賀青鷹(くが はるたか)。優月くんとは父方の親戚筋に当たる。ずっと、桜子(さくらこ)さんと君を探していた」
父は、物心ついたころから鬼籍の人だった。
父の親戚には会ったことがない。
母は元々天涯孤独の身の上で、僕は小さいころから母と弟の3人で生きてきた。
“親戚”だと言われても、ピンと来ないのはそのせいなんだろうか。
「母を、探して?」
母の名前を出されて、ついと振りかえる。
久賀さんが探していた母は、紙一重のタイミングで届かぬ人になっていた。
「お母さんのこと、残念だった」
自分以外の、別の人の口から聞くと、嘘みたいだと思っていた目の前のことが、現実として突きつけられたような気がして。
ふいに涙がこぼれた。
「ごめ…んなさ…あれ? 止まらな……」
久賀さんが、一瞬驚いたような顔をしてから腕を差し伸べてくれて、僕を抱き留めてくれた。
スーツの胸元からはうっすら煙草の匂いがして、暖かくて。
失った母の温もりが、まだそこにあるかのようで、余計に泣けた。
子供みたいに泣きつづける僕の頭を、久賀さんがそっと撫でてくれるのが心地良かった。
「優月っ! 母さんは……っ」
「朝陽(あさひ)」
弟だ。
慌てて久賀さんから離れて、袖口で涙を拭った。
母親が事故に遭って、兄が泣きまくってたら、朝陽を余計に不安にさせてしまう。
連絡を受けて、学校から跳んで来たのだろう。
息を切らせている。
僕を見てから、朝陽は訝しげな目を久賀さんに向けた。
「優月。こいつ、何?」
「っ!? こいつなんて言わないの! 久賀さん、すみません、口が悪くて」
久賀さんは「いや、そんなのは」と僕を制してから朝陽をじっと見た。
「弟、さん?」
「朝陽といいます。僕より1つ年下で、今、高1……」
「えっ、優月くんがお兄さん? じゃあ、優月くんはもしかして高校生!?」
「……?……高2ですけど」
ひょっとして、僕は。
年相応に見られてない……?
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