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ハルノヒザシ

「ったく。何呑気に笑ってんだ。テント貼らなきゃ設営はじまんねーだろうが」
げらげら笑い続ける俺達を舌打ち混じりにねめつけた鈴原君。
と俺達の後ろに何か見つけたのか、視線を上げて大きく手を振った。
「…お、いいところに。おーい!!ちょっとこい!!!」
グラウンドに響き渡る流石の剣道部の大声で、誰かを呼ぶ。
耳がキーンとなりながらも、俺が鈴原君の手を振った先を見れば、グラウンド脇の舗装された道を、部活中のランニングだろうか。剣道着の少年達が走っていた。先頭の上下白い道着を着た少年が気付いたのか手を振って、剣道着集団がこちらに向きを変える。
「お呼びすかー、鈴原さん」
「ちょっと手伝え。教良木」
走ってきたのは中学生剣道部部長の教良木君だった。じゃあ、この面々は中学校の剣道部の…。そう言えば見たことある顔もいる気がする。と、いうことは…。
「鈴原さんにパシられんの久しぶりすね」「うるせぇ」なんて先輩後輩のやり取りを聞きながら俺が視線を上げると。
いた。少し集団から離れた最後尾に上下黒い道着を着た、ひと際背の高い彼を見つけた。
「なつ!!」と俺は手を振る。
夏はこんなとこに俺がいるとは思っていなかったのか、ぼんやりと少し虚ろな視線を俺に向けた。はっとしたように俺に気が付いて駆け寄ってくる。
「夏。体調大丈夫?」
「あ、うん…平気…」
数日前部屋に行ったとき体調が悪そうにしていた夏。今は顔色は普通だが、どことなく調子が戻っていないのか、いつもより元気がない気がした。こんな寒い中剣道着姿でランニングなんてして大丈夫なのかな?何に使うんだか右手には竹刀持っていたけど。
「何してんの…?」
「ん。今日ね、天文部の天体観測会があるんだって!その手伝いに来てるんだ。ふたご座流星群みるんだって」
夏も来なよ、甘酒あるよ、と俺が誘いの言葉を口にしようとした瞬間、「前田ーーー!!ちょっとお前も来い!!」と俺の声を掻き消すように俺達の会話に割り込んでくる鈴原君の怒鳴り声。俺と夏が振り向くと、鈴原君が俺に向かって「お前じゃない」とのジェスチャーをしたので、夏が一人テントに向かって駆け寄っていく。
どうやら力仕事に俺はお呼びじゃないようなので、俺は大人しく大鍋の元に戻ることにした。
既に中学生三人は戻っていて、お鍋をかき回している。
「はーおっかしかったね、さっきの」
「笑っちゃいけないとわかってるのが益々…」
「鈴原先輩はおかしくないんでしょうかね。僕も耐え切れませんでした…。後であの先輩に怒られたらどうしよう」
中学生の一人が不安げにテント班から締め出され大人しく椅子を運んでいる三好を見ながら言ったので、俺は三好はそんなことしないから大丈夫だよとフォローを入れておく。
テントは無事、鈴原君と中学生剣道部の手で組み立てられているようだ。
後で三好を慰めないとな、と思いながら甘酒の準備を続けていると、剣道着を着た少年たちが何人かこちらに駆け寄ってきた。天文部の中学生の知り合いなのか、親しげに話しだし、剣道着姿で寒いのか大鍋の周りで暖を取りながらはしゃぎはじめる。
天文部のここにいる中学生達はさっき、一年生と二年生と言っていたので、この子達は夏の後輩なんだなと思うと、なんだかみんな俺の弟のような気がした。
俺の視線に気づいたのか、剣道少年の一人が俺を遠慮がちに見上げる。
「あ、あのー。ま、前田先輩のお兄さんです、か?」
恐る恐ると言ったやっぱり中学生といった幼さを残す少年の表情に、俺も中学生の頃は高校生が怖かったけな、なんて思いながら、「そうだよ」と頷いた。少年達の視線が一気に俺に集まり、好奇心で輝き始める。
「前田先輩の小さい頃はどんな感じだったんですか?」
「家でもあんなクールなんですか?」
「どうやれば先輩みたいに剣道も勉強も出来るようになりますか?」
「前田先輩ブラコンって本当ですか?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、俺は下手なこと言うと夏がすねそうだなんて思いつつも、中学生たちが可愛いので、「夏には内緒ね」なんて言いながら夏のメンツを潰さない程度についつい答えてしまう。中学生達の反応を見るに、どうやら夏は剣道部では怖ーい先輩で通ってるらしい。なんとなく噂で夏がスパルタなのは知ってたけど。よかった、俺夏と同じ学年じゃなくて。多分俺目をつけられてしごかれる運動音痴なタイプだから。
「夏はいつも部活ではあんな感じ?」
向こうで黙々と作業する夏を見やりながら、今度は俺から質問すると、剣道少年達は顔を見合わせた。そして、こっそり声を潜めて俺に教えてくれる。
「んーん。普段は、もっと厳しいです。今日は静かです」
「多分お兄さんいるの気付いたんじゃないかな。よそ見してたもん」
「普段だったらこんなことしてたら怒鳴られるもんね。真面目にやれ!って」
こそこそと顔を見合わせながら話す中学生達を見ながら、俺は普段夏があの竹刀で何をやってるのか少し心配になった。もちろん、夏は絶対に自分より弱い者に手を上げるような人じゃないって知っているけど。誰よりも最弱な俺が保証する。
「夏が怖かったらいつでも俺に言ってね」
「お兄さんもしかして前田先輩より強いんですか!」
「まっさかー。小学生の時から腕相撲で負けてるよ」
なんですか、それーとはしゃぐ剣道少年の頭を撫でていると、ちょうどその時「なにやってんだお前ら!」と怖ーい前田先輩の大声がして。彼らが慌てて走っていくのを俺は微笑ましく見送ったのだった。


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あきゅろす。
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