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ハルノヒザシ
10
兄貴が笑った。
微笑むとか、にこにこするっていうもんじゃなくて、腹を抱えてのげたげた大笑い。
突然目に飛び込んできたその光景に俺はショックを受ける。
兄貴は…
兄貴は、俺の前であんな風に笑ったことがあっただろうか。

にこにこ微笑んでる顔。優し気に口角を上げる顔。仕方ないなといいつつ受け入れてくれる笑顔。おかえりという穏やかな微笑。嬉しそうに俺を見る眼差し。軽く揶揄う高めの笑い声。涙を隠した笑顔。笑顔。笑顔。
俺の中の兄貴はほとんど笑顔だけど。
あれは、兄の顔じゃなかったか。
感情渦巻くこの世界で。ともすれば、笑いさえ、嘲笑や嗤笑と取られない世の中で。
あの優しい兄貴が、抑え込まれて遠慮して我慢して生きてきた兄貴が。
あんなに遠慮することなく笑ったことがあっただろうか。
兄貴はあんな顔もできたのだろうか。
兄貴にはあんな感情もあったのだろうか。
兄貴にはまだ俺の知らないことがあるのだろうか。
兄貴には俺じゃ足りないのだろうか。

俺は兄貴の前にいる、あの人を見る。

ずるいです。ずるいですよ。
確かに、あんたは俺と一緒だったはずなのに。
俺とそっくりの社会不適合者だったはずなのに。
あんたは、変わるんですか?
俺は変われないのに。
兄貴に変えられて、強がりする必要なくなって、弱くなって、幸せになるんですか?
どいつも、こいつも。変わりやがって。へらへらしやがって。
俺だけが、おかしいのですか?
あんなに愛を注いでもらって。
変われない俺が異常なのですか?
俺は俺なりに必死でやってきたつもりです。
兄貴の傍にいたくて。いたくて。いたくて。
それでも
兄貴の幸せを壊すのは
俺という異常者なのですか?
俺だけなんですか?
世の中で変われない俺だけが
兄貴の……疫病神なんですか?
何が、何がダメなんですか?
兄貴を貶めるあのジジイの。兄貴を苦しめるあのクソババアの。兄貴を悲しませたあの親父の。
血を引いているこの身がいけないのですか?だからこんななんですか?
兄貴といても変わらなかった、あいつ等の血が混じっている俺は兄貴にはふさわしくないのでしょうか。
あいつらと一緒に、結局兄貴を苦しめた、俺には…。
結局独りよがりの考えしかできない俺には。
兄貴を見る資格はないのでしょうか?
これが俺の運命なのでしょうか?

兄貴を見る喜介のバカヤローの穏やかな眼差し。
兄貴に向かう立花の敬いに満ちた顔。
兄貴にすり寄る学校の奴らの嬉しそうな声。
兄貴を見つけて走り出す弥生の幸せそうな後ろ姿。
兄貴に…。兄貴に…。兄貴に…!

『変わるっていいよ…』

風間の満足そうな顔が脳裏に浮かぶ。

(もう沢山だ!!どいつもこいつも見せつけやがってっ!!)

兄貴に指さされて大笑いされて、少ししょげている彼の姿が羨ましくて妬ましくて。
変わることのできた彼が憎たらしくてしょうがなくて。
自分の全てが呪われている気がして。
兄貴の笑い声がガンガンと頭に響き渡って気が遠くなった。


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