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ハルノヒザシ

兄貴が壊れてしまいそうだった。
盗み見た白い身体は痣だらけで。
裸で風呂桶にもたれかかってぐったりする兄貴は、また、泣いていた。
覗き見てしまった俺は反射的に見つからないように廊下に逃げて。唇を噛んで立ち尽くした。
さっきまで一緒に二人で食事をしていて俺の前では笑っていた癖に。
一人で隠れて泣いていた。辛そうな顔だった。
犯人はあの女じゃない。そんなことはさせてないはずだ。
中学校…か…?
全ての血液が沸騰しそうな怒りがこみあげてくる。
誰だ…。俺の兄貴を傷つける奴は…。
草の根分けてでも見つけ出して、全員俺が殺してやる。
ぎりぎりと唇を噛むと、血の味が口の中に広がった。
ふと…疑問が沸く。
いつから…だ?
今まで全然気が付かなかった。あんなに兄貴は辛そうな顔で泣いているというのに。
いつからだ?いつからだ?いつからだ?まさか中学に上がってからずっと?
また…気付けなかった。
油断してたんだ。思いあがってたんだ。
この頃あの女は俺を恐れて俺の前で兄貴に手を上げることはなくなっていたから。
兄貴を守れるようになったんだと。俺は強くなったのだと。
もうこれからは兄貴の笑顔を安心して見れるのだと、驕り高ぶっていたんだ。
俺はまだガキのまま、兄貴の必死の笑顔に守られて、呑気に暮らしていただけだったんだ。
自分の余りの愚かさに吐き気にも似た苛立ちと胸糞悪さが喉をせり上がって来て、俺は口を押さえた。まだ口に残る自分の血の匂いが、さらに嘔気を誘う。
廊下にしゃがみこんで、必死に吐き気をこらえていると、兄貴が風呂から出る音がした。
すぐに寝巻を着た兄貴が、頭を拭きながら廊下に出てくる。
「あら、夏どうしたの?」
廊下にしゃがみこんでいる俺を見るその目は、もうすっかり普段通りだった。
普段通り俺の身を案じて、俺の横にしゃがみ俺の背を撫でる。
「顔色が悪いね。どうしたんだろう」
「平気…」
俺を覗き込む目はほんの少しだけ赤くなっていた。お風呂上がりの上気した頬の赤に混じって、ほとんど目立たなかったけど。
「とにかくここ寒いから。おいで」
兄貴に促されるまま、俺はリビングへと歩き、兄貴が持ってきた綿入れに大人しくくるまった。兄貴が体温計を探している。
俺は綿入れの中で膝を抱えながら思った。
兄貴が言いたくないなら、それでもいいと。
いつか本当に、兄貴には心の底から俺の前で笑ってもらおうと。
それを邪魔する奴は誰であっても許さない。
そのためなら俺は何でもしてみせる。
「兄ちゃん、俺眠い…」
「そっか。じゃあ今日は兄ちゃんと寝ようか」
俺を愛しそうに撫でるその掌は、また俺よりも大きかった。

起きた時、涙が流れていた。
まだ、これは続くのかよ、と絶望する。
あの日感じた気持ち悪さが蘇ってきて。
俺は口元を押さえた。
胃がひっくり返っているかのように激しく痛んでいた。
俺は必死で涙と吐き気と痛みを堪える。
俺が失敗したら。
俺が間違えたら。
兄貴は壊れてしまうかもしれない。
今度こそ。
俺に失敗は許されないのだ。二度と。

歯を強く食いしばり過ぎて、あの日と同じ鉄臭さが、口に広がってきた。



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