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ハルノヒザシ

兄貴がその場に倒れた。
「どうしてアンタはいい子にできないの!!」
あの女が髪の毛をきむしりながら金切り声を上げる。
頬を思いきり何度も平手打ちされた兄貴は、顔を押さえてその場にうずくまっていた。
「アンタがちゃんと見てないから夏月もあんななんでしょうが!!
「ごめんなさい…お母さん…僕、ちゃんと夏の面倒見るから…、夏を出してあげて…」
「にぃぃぃぃ!!!開けてぇ!!!開けてぇええええ!!怖いようーーー!!」
うるさい、とベランダに閉じ込められていた俺は、暗いし寒いし怖いしで、ぎゃあぎゃあ泣きながら、窓を叩き続けていた。
ガラス越しにまた、兄貴が殴られるのが見える。兄貴は、母親の前ではいつも涙を耐えていた。
泣けば、更にあのクソババアが激昂することがわかっていたから。その分俺が泣き続けることがわかっていたから。
あのクソババアは家事も子育ても何もしないで遊び歩いて。たまに帰ってくれば、兄貴を殴り俺を付き飛ばし親父を罵り、金を握りしめて出て行った。
今日も散々喚いて兄貴に当たり散らした後、ようやく満足したのか、どこかの男の元へ消えていく。
散々叩かれ、揺さぶられて、ぐったりしていた兄貴は、それでも立ち上がり、俺の元へと歩いてきた。ガラス越しに見る兄貴の頬はすっかり腫れあがっていて、唇からは血が溢れていた。
「な、つ…、大丈夫?」
「にぃ!!うわああああああん!!」
流石の俺もちびの頃は暗闇も寒さもクソババアも怖くて。兄貴に抱きしめられてわんわん泣いた。
「なつ。怖かったね。ごめんね…」
「にぃ!!にぃ!!にぃいい!!死んじゃやだああああああ!!
「兄ちゃん、死なないから、大丈夫だよ」
兄貴が倒れるたびに兄貴が血を出すたびに兄貴が死ぬと思って怖くて怖くて。
小さい俺は本当に、兄貴に縋りついて泣いてばかりいた。


夢の中のガキの頃の自分の泣き声が耳障りで、俺は目が覚めた。
また、夢。眠るたびにこれだ。
あのクソババアの顔なぞ、もう二度と見ることはないと思っていたのに。
あの女の声。俺の泣きわめく声。不愉快過ぎて吐き気がする。
あの女さえいなければ。
俺達の人生は大きく変わっていたはずだ。
あの女がいなければ。
俺と兄貴は存在すらしなかったけど。
あんな女でもお母さんだと、兄貴はよく尽くしていた。
全て裏切られながらも。
きっと今目の前にいてもそれは変らないだろう。
あの女から俺が兄貴を守れるようになるまでの長い長い時間。
兄貴は何度アイツに虐待を受けたことだろう。
俺を庇って。何度も何度も何度も何度も。
俺はこれから兄貴にその罪に償いをするのだ。
俺の一生を使って。
早く、ここから出ていきたい。
兄貴を守れるように。兄貴に尽くせるように。
俺の償いの邪魔は、誰にもさせない。
俺は、脂汗で湿ったTシャツを着替えるために、ベッドから立ち上がった。


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あきゅろす。
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