ハルノヒザシ
4
兄貴が嬉しそうな顔をした。
床の上で俺とやっていたゲームを放り出して。玄関へ走っていく。
「おかえりなさい、お父さん!!」
「ただいま、春日」
飛びついていった兄貴を、親父が抱き上げる。
俺は床にしゃがみこんだまま、そんな二人を睨んだ。
「ただいま、夏月。今日は道場行ったかい?」
「うん」
「夏ね、今日6年生の子に勝ったんだって」
「ほお、それはすごいなあ。3歳も年が離れている子に勝つなんて」
親父が俺も抱き上げようと手を伸ばすが、俺はその手から逃げた。
抱き上げられた兄貴は、嬉しそうに親父の首に腕を回していた。
もう兄貴も大分大きいのに。兄貴は親父が帰ってくるといつも親父にべったりだった。
それを見る度に、兄貴の一番は親父なんだと腹が立った。
俺の一番はずっと兄貴なのに。
「お父さん。ご飯食べる?お風呂入る?」
「春日と夏月は食べたのかい?」
「食べたよ。でももう一回お父さんと食べる!」
「そうか。じゃあ、ご飯食べようかな。いつもありがとう、春日」
親父に頭を撫でられた兄貴が嬉しそうに台所に飛んでいく。
すぐに、ビールとおつまみを持ってきて。
少しした後今日の夕飯のカレーを温めて出してきた。
「夏も食べる?」
「僕いらない。お風呂入る」
「あれ?後で兄ちゃんと入るって言ってたじゃん」
「兄ちゃんはお父さんと入れば」
そう、と兄貴はすぐに引き下がった。
すぐに兄貴の関心は親父へと移る。
「お父さんあのね…」
兄貴が親父に見せる笑顔を見るのが大嫌いで。
俺は物心ついたころから親父が大嫌いだった。
授業中。
ふと寝ていたことに俺は気付く。
親父の夢なんて見たくもねーのに。
兄貴は親父の位牌と遺影を今どこに置いているのだろうか。
今でもきっと祈りを捧げているに違いない。
自分を子供でいさせてくれた唯一の人に。
大好きな大好きな父親に。
なんで、この世には絶対敵わないものが存在するのだろう。
生きていればともかく死んでしまった人間はもう競うことすらできない。
美化された思い出と共に永遠の勝ち逃げ。
兄貴の心に永遠に存在する、不可侵領域。
親父が嫌いだ。
兄貴の心を侵しておいて。
死んだアイツが大嫌いだ。
窓を見れば、親父そっくりの顔が、俺を見ていた。
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