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ハルノヒザシ

兄貴は困ったような顔をしていた。

「いやだよおおおおおお!!剣道なんてしたくないよおおおおおお!!夏行かないもん!!」
小2の俺は俺だけ無理やり始めさせられた剣道に行くのが嫌でしょうがなくて。
稽古の日は毎回行きたくないと駄々をこねて兄貴を困らせていた。
「夏。行かなきゃ先生怒るよ」
「いやあああああああ!!夏あの人嫌いいいいいいいい!!行かないいいいいいい!!」
床にひっくり返って泣く俺を、兄貴は困り果てた顔で見下ろしていた。
「なんで夏ばっかりいいいいい!!兄ちゃん行かないじゃんんん!!狡いいいいいい!!
「兄ちゃんご飯作らないと行けないし、洗濯してお掃除しないとお母さんに怒られちゃうから行けないの。ほら、兄ちゃんが送ってあげるから行っておいで」
「やだあああああああ!!夏、剣道嫌いって言ってるじゃんんん!!くさいし、痛いからやだああ!行かないいいいい!!」
柱にへばりついたまま暴れる俺を、兄貴は既に力付くでもどうすることもできず、でも俺を稽古に行かせないわかにも行かず、少し泣きそうな顔をしていた。俺は一日に一度は癇癪起こして泣いていたため、さぞ兄貴は大変だっただろう。一度も、怒ることはなかったけれど。
「今日は夏の好きなハンバーグ作ってあげるから。行っておいでよ」
「やだああああああ!!あそこ行くといじめられるううううう」
「夏。先生はいじめてる訳じゃないんだよ。お父さんも先生も夏に強くなってほしいんだよ」
「夏、強くならなくていいもん。兄ちゃんとずっといるもん」
そう言って俺は兄貴に抱きついた。兄貴が俺の涙を拭いて、頭を撫でてくれる。
結局いつも兄貴は暴れる俺を道場に行かせることはできず、師範が迎えに来て泣き喚く俺が引きずられて行くのを、困ったように見送っていた。

また嫌な夢。
あの頃は俺ばかりとなんでこんなこと、と思っていたが、今ならわかる。
まだ十歳にもならない兄貴は俺の為にいつも家に居たことを。
あの頃兄貴はもうなんでも家事ができた。いやもう小学生に上がるころにはできていた。
俺の雑巾を塗ったのも。お弁当を作るのも。上履きを洗ったのも。100点を褒めてくれるのも。連絡帳にスタンプを押してくれるのも。
みんな兄貴だった。
家に帰れば兄貴が居た。
兄貴は小学生時代の全ての放課後を奪った弟の為に、いつもせっせとお菓子を作っていた。
段々家の外に出て遊ぶようになった俺に持たせるために。
俺が遊び歩いている間兄貴はいつも家に居た。俺を待っていた。
兄貴は自分の自由な時間と引き換えに料理が上手くなったのだ。
それを幸せと感じてしまうくらい外の世界を知らなかったのだ。
昔も今も。兄貴を縛り付けたままで。
俺は、滲んできた不味い唾を飲み込んで。もう一度目を閉じた。


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