[携帯モード] [URL送信]

ハルノヒザシ

「うわーって。あれ…?」
「遠藤…、あの野郎」
所変わってホテルについて。部屋のドアを開けて。
俺は思わず絶句した。三好は物騒なことをぶつぶつ口走っている。
間接照明で照らし出された落ち着いた雰囲気の部屋は、どう考えても俺にはオーバースペックだった。
まず、広い。部屋に置いてあるものがいちいち高級そう。ソファルームみたいなのが別になっている。なぜか応接間まである。ふかふかの絨毯。純白のバスルーム。最上階。
三好はいつもこんな部屋泊まっているんだろうか?と隣の三好を見れば、すまんと頭を下げられた。
「ツイン用意させるから」
その言葉に俺は部屋の奥に置かれている普段の寝床の3倍以上余裕でありそうなダブルベッドに視線を移した。いや、俺が言いたいのそこじゃないんだけど…。
「なんか、ここ、高いんじゃない…?」
「あー俺ホテルとかあんま泊まったことないから…。ホテルって高級なんだな。いいんだよ。どうせアイツ経費で落とすんだろ」
ちょっと待って。部屋替えるから、と携帯を取り出し、また話しはじめる三好。
俺はこの空間に居てもいいのかわからず、ただただ立ち尽くす。
『ダブルでいいじゃないですか』と遠藤さんの声が聞こえた。しばらくして三好がまた電話を切る。
「ごめん。前田。もうキャンセル料かかるって言われた。この部屋でいい?重ね重ねすまん」
「いやいやいやいやいや!なにがすまんなの?というか本当に俺はここに居ていいの?」
「俺ソファで寝るから」
「いや、俺床でもいいよ。何このふかふかな絨毯!」
俺が絨毯土足でいいんだろうかとおろおろしていると、三好はソファに歩いて行ってしまう。場違い過ぎて小市民な俺は一人にされたくなくて、とりあえず後を追った。
コートを脱ぎ始める三好に、俺はハンガーとついでにスリッパを見つけて持ってくる。
「眺めいいね」
「そうだな」
眼下には広がる夜景。駅やショッピングモールの灯りが瞬いて。俺が顔を窓にくっつけて見ていると俺の息で窓が軽く曇った。なんとなく、そこに指でスマイルマークなんか書いていると、背後から三好がコーヒーメーカーと格闘している気配がして。
どうしたどうした、と俺も三好に寄っていく。
「使い方がわからん。これどっかに入れるんだと思うけど」
「ここ押せば開くんじゃないの。あ、開いた。で、こうかな」
「なるほど…」
抽出が始まるコーヒーメーカー。俺もお茶を頂くことにする。うわあ、なんかいっぱい種類があるんだけど…。俺は煎茶で充分だよ。いや、ほうじ茶にしよう。
三好とふかふかのソファに座ってお茶を飲んで一息ついて。このソファの座りごこちはなぜこんなに良いのだろう、とまた夜景を見ながらぼんやりしていると、「あのさ」と横から三好に声をかけられた。なあに、と振り向くと、三好は何かを言いだしにくそうに視線を下げている。
「あの…」
「うん」
「これ…」
そう言って三好は、脇に置いてあった自分の鞄から小ぶりな紙袋を取り出した。ぽかん、としながら三好を見ていると、三好が俺の前のテーブルの上にそれを置く。
「お、れからも…クリスマスプレゼント…」
言いながら三好の顔がかあっと赤く染まったのに俺は気付いた。三好は恥ずかしそうに手の甲を口元に当てて、俺から目を逸らす。
「え…」
思い切り三好が照れくさそうなので、俺の顔も反射的に赤くなってしまった。
「あ、開けてもいい?」
「うん…」
紙袋をおそるおそる取り上げて覗くと、小さな箱が入っていた。クリスマスラッピングを丁寧にはがして。俺はその箱をゆっくり開ける。

中には腕時計が入っていた。
まじまじと腕時計を見た後、俺は視線をあげる。三好がやっぱり恥ずかしそうに俺を見ていた。
「これ…俺に…?え、あ…いいの…?」
「うん…こないだのお返し…、ちょっと、あの…俺何選んでいいかわかんなくて…」
か、かわい過ぎたかも…と三好は小さな声で言う。
インディゴブルーの細身のレザーバンドに、ピンクゴールドのシンプルな丸い文字盤。
「ううん。すごく、素敵…」
俺はその時計が一目で気に入った。

なんだか触れるのがもったいなくて、俺は宝石でも見るようにその時計を眺め続ける。
「ありがとう…三好。すごく、嬉しい…ほんと、ありがとう…」
「どういたしまして…。喜んでもらえて、良かった…」
俺、プレゼントなんかすんの初めてだからさ、と三好はソファの背もたれにもたれかかって、両手で口を押さえながら深呼吸した。その仕草から三好が緊張していたことがわかる。
「なんか、悪いな…。俺、本当にマフラー自分が作りたいから勝手に作って、もらってもらっただけなのに…」
「悪くない。俺も前田にプレゼントしたかっただけだから…。はー、それにしてもプレゼントって悩むな。俺もマフラーにしようかと思ったりしたんだけど…」
前田はマフラー自分で作れるからな、と三好は髪の毛を弄りながら言う。実は俺が今使っているマフラー、三好に借りているのだ。俺のマフラーは夏に貸したままだから。三好は何枚か持っているということなので、ブラウンのチェックのマフラーを借りている。
「なんかそれ見たら前田にあげたくなって…」
「うん…。ありがとう…」
バイトをしていた時はそこら辺で買った安い腕時計をしていたが、狭城に来た時のどさくさで無くしてしまってからは腕時計をしていなかった。買おう買おうとは思っていたんだけど、ついつい先延ばしにしてしまっていたのもあって、すごく嬉しかった。
俺は、さっそく腕時計をつけてみる。
俺には少し大人っぽいデザイン。でも、俺では選ばないようなその感じが、三好が選んでくれたんだって思えて。俺は嬉しくて、思わず腕時計を嵌めた左手を右手で包んで顔に当てた。嬉しくて涙が出そうだった。なんでもかんでも相変わらず泣いてしまう俺。
嬉しすぎて、ふわふわして、ここがホテルの中というのもあって、なんだか現実感なかったけど。
腕に感じる腕時計の感触。目の前にいるまだ照れくさそうな三好の表情。きらきらとした夜景の瞬き。
それらが俺に本当にこれは今起こっていることだと感じさせてくれて。
(どうしよう。俺今すごく幸せ…)
感極まり過ぎた俺は、結局文字盤を滲ませてしまう。
「あー、ちょっとちょっと、前田?」
「見ちゃダメ!なんでもない!」
ほら、ティッシュ、と三好が差し出してくれたティッシュまで、この広い部屋では高級なものが置かれていて。鼻のかみ心地まで最高だった。


[*前へ][次へ#]

12/36ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!