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ハルノヒザシ

一日も終わりに近づいた6時限目。
ロングホームルームのこの時間は、朝からお疲れの西原先生が進路の紙を配るなり寝てしまったので、すっかりおしゃべりの時間となっていた。
(…就、職っと…)
俺はあっという間に自分の用紙を書き終えると、暇なので後ろの三好を振り返ってみる。
三好は頬杖をついて窓の外に目を向けていた。机に置かれた用紙は、まだ白紙だった。
「もう、書いたのか?」
「うん。俺就職希望だもん」
そうか、と三好はくるくると持っているシャープペンを回す。
「三好は進学だよね」
「うん…、まあな。じいさんがどこでもいいから入れってうるさいからな」
でも、何したらいいかわからねーし、勉強もしてねーし、希望書けと言われてもな、と三好はカチカチシャープペンの芯を繰り出しながら言う。
「三好はやっぱり文学部志望なのかと思ってたけど」
「うーん。本読むのは面白いけど、それについて何か?と言われると、なんかよくわからん」
そう言いながら、三好が関西のある私立大学の名前を書いた。学部のところで手が止まる。
「三好は関西に戻るんだね」
「まあな。家に帰る気はないんだけど。もう山奥はそろそろいいし、俺生活力ないから帰りやすいとこ居ようかなって。下宿でも入って」
「じゃあ俺もそっちで就職しようかな。東京一人で行くの怖いし」
京都とかで一回暮らしてみたいな、と俺が言うと三好は本当か、と顔を輝かせた。
「前田とルームシェア出来るんだったら、すげー嬉しいな」
「それ、いいかも。二年後には絶対夏来ると思うけど」
俺も一人でいるより、三好と過ごせた方が嬉しい。
「そうか。京都か」
三好がふと何かを思い出すような目で、また窓の外を見た。そう言えば…と俺は思い出す。
「三好、いつかK大の講義の番組見てたよね。ほら、えーっと」
「ああ、見てたな」
「俺あの時きっと三好ここの大学行きたいんだなって思ったけど」
よく、覚えてるね、と三好はまた少し遠い目をする。
「…俺にはK大は無理だよ。あれはさ、父さん見てたんだ」
「えっ…そ、そうだったの」
「そう。あの日出てた教授俺の実の父親」
全く似てないから気付かなかったろ?と三好はなんでもないことのように言った。
三好がもう十年以上両親と会っていないことを知っている俺は、思わず黙ってしまう。
確か、三好、一弥さん…。三好の、お父さん…。
会いたい、と言っていた三好の切なそうな顔が思い起こされる。
「見た目は完全母親似だからさ。頭ん中くらい父親に似たかったよ。前田はどっち似?」
「俺は、どっちだろう。父さんとは全く似てないから、母さんなのかな。夏は父さんに瓜二つだけど」
そう答えながら、俺はあの日テレビに映っていた人はどんな人だっけ、と記憶を手繰っていた。眼鏡で、穏やかそうな…。
「三好はなんだかんだで、全科目まんべんなく出来るから俺は無理だと思わないけどな。ちゃんと起きてれば。それに、近隣の大学で同じ学部だったら交流のチャンスとか、学会とかあるんじゃないかな」
「…そうかな…」
三好は少し迷った顔をした後に、学部の所に文学と書いた。俺はついでに、第一志望の大学のところをK大に書き換える。
「あ、こら。無理だって」
「思考は書くと実現化するって、校長先生言ってたじゃん」
「その後に行動しろともな」
三好は俺から用紙を取り上げて、机の上に裏返してしまう。
「じゃあ俺も一緒に自習室通うよー。俺はなんか資格の勉強しようかな。後毎日夜食も作る」
「俺は受験勉強は3年になってから始める派だから。そんで身の丈にあったところ行くから」
それで、前田は就職先どこがいいんだよ、と三好が話の矛先を俺に向ける。
「俺?俺は…なんでもいいな。事務でも、調理でも、接客でも、工場でも…雇ってくれればなんでもいい。寮に入れるとこがいいな、とかそのくらいかな」
指を折りながら俺がそう言うと、三好が「前田はすごいな」とぽつんと言った。
「そんなことないよー、俺何も考えてないもん。あはは。行き当たりばったり」
「…前田は、きっとどこに行っても大丈夫だし、なんでもできるし。俺は、将来とか、すげー不安。なんも出来ないし。なんの夢もないし。爺さんはお前の好きなようにしろって言うけど。好きなようにがわからないから結局言われるまま進学って感じで。それでもいつかは社会に出る訳だろ。俺みたいな社会不適合者にそんなことできんのかな…」
三好は頬杖をついたまま、ペンを回し続ける指先に目を向けながら物憂げに言う。
元来のん気な俺は、本当に何も考えず「就職だ!」ぐらいにしか考えていなかったので、悩んでいる三好を見て慌ててしまった。
「え、えっとー。ほんと俺あほだから何も考えてなくって。どうにかなるかなぐらいにしか思ってなくって。三好も絶対その時がくればどうにかなるから大丈夫、いや、あの適当にしろって言いたい訳じゃないんだけど…。でも、まあ心配し過ぎなくても平気だよというか…」
三好が話し始めた俺の目をじっと見てくるので、俺は段々しどろもどろになって行く。
「あの…、その…、俺やっぱり結構適当だから、上手いこと言えない、みたい…」
最終的にすっかり話す自信が無くなった俺は、しょんぼりと俯いた。
そんなことないよ、と三好が柔らかな声で言う。
「俺、すげーネガティブだから。前田にどうにかなるよ、って言ってもらえると落ち着くよ」
三好は机の上で指を組んで、そこに顎をのせながらしみじみと言った。俺は相変わらず、俳優さんみたいに決まっているその姿に、ぽかんと無意識に見惚れる。そうか、三好は俳優さんになればいいのか。モデルでもいい。
「また、言ってくれる。俺が勝手にネガティブになってたら。これからも。上手いことなんて言わなくていいから。前田が」
「う、うん。そ、そりゃ、もちろん…」
三好の無自覚流し目に、ドキドキしながら俺は頷く。「嬉しいな」と微笑む三好はどんな時でも直球で。俺の心をいつも揺さぶってくる。
「あーできたかー。回収するぞー」
よく寝て少しだけしゃきっとした西原先生の声が、教壇から聞こえてきた。


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