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ハルノヒザシ

「兄貴は俺を嫌いにならないよね。絶対に。絶対に。何があっても大事な弟として扱ってくれるよね。だって、俺は何があろうとも兄貴が世界一大好きだもん」
先ほどとは打ってかわって静かな声で夏は言った。俺の中に沁みとおらせるような、そんな響きを持った声で。
「どうでもいいとは思ってない。俺は兄貴に幸せになってほしいし、守っていきたい。ずっと俺を守ってくれた兄貴を。だから、兄貴の笑顔を守れれるなら、なんでもするんだ。何でもだ。俺は変わらないよ、絶対に、俺が兄貴が好きで、兄貴が俺を好きである限り。俺の大事は揺るがない」
でもね、と夏は続ける。
「必要とあらば、俺は許しをこうよ。何度でも。兄貴に。兄貴が望まない行為なら。それじゃ、ダメ?」
夏は俺を真っすぐに見ながら言った。
俺も変らない、夏も変らない。
夏、と俺は夏に飛びついた。夏の肩に顔を寄せると、つん、と涙がせり上がって来る痛み。
夏の手が俺をあやすように、背中を軽く叩いた。
「夏、俺、させたくない、させたくないんだっ。わかってよ…」
「ごめんね…兄貴。こんな弟で、ごめん…」
「う…、夏は、どうすれば、変わってくれるの…」
「無理だなあ。この世に兄貴に向けられる負の感情がある、限り」
それにさ…
夏の両手が俺の両腕を掴んで、俺は夏から引き離された。じっと正面から覗き込まれる。
「俺こそ変わってほしいね。兄貴。我慢するの。我慢しないで、俺に言ってくれれば、俺が手を出す前に防げたこともあっただろう。兄貴が隠し事したって、どうせ下手くそで隠しきれなくて、俺が感づいて怒り狂うんだから。我慢して解決したことあったかい?」
俺を諭すようにいう言葉は、俺の図星を付いていて。俺は素直に頭を下げる。
「それは、ごめん…」
「俺が大切に思っていること忘れないでほしいね。ま、今回はどうにもならなかった部分もあるから。あんまり責めるのは酷だろうけど」
「ん…心配、かけてごめん…。これから、言うように…するよ」
「是非そうしてほしいね。兄貴。大好きだ。大好きだよ」
夏は俺をまた抱きしめてくれた。俺も夏の背に手をまわす。
「兄貴。俺あの眼帯野郎には絶対誤らないけど…。努力するよ。これからはなるべく…、手を出さないで済むように」
夏の声は優しい。舌戦でも力でも夏には絶対に敵わないけど。最後は夏はいつも優しい。
夏の言う通りだ。俺は夏を嫌いになれない。拒めない。きっと夏が望む限り、夏に尽くす。
俺は、そういう風に出来ている。
夏が、こういう風に出来ているように。
夏。夏。夏。俺は夏を信じている。
お手本にはなれないし、止めることもできないから。
俺は、信じて待つことしかできない。
「送ってくよ、兄貴。もう遅いから。夜道怖いんだろ」
「ん…、ありがと…」
夏と二人、暗い剣道場を出る。
ほとんど丸い月が俺たちを照らしていた。
剣道着に学ランをつっかけただけの夏に「寒くないの?」と聞けば「平気」の声
どう考えても丸出しの首が寒そうなので、せめて、とマフラーだけ巻いてあげたら、何この変な恰好と膨れられた。
「夏は小学生の頃から冬でも短パンだったもんね」
「俺、永遠の風の子だから」
兄貴は、やっぱり、後10キロは体重増やすべきだね。多分今50無いでしょ。少しやせた気がする、と夏は的確に俺の現在47キロの体重を見抜いてくる。
「結構食べてるつもりなんだけどな」
「嘘だね。兄貴は根っから草食だからな。どう見ても、青椒肉絲のピーマンとかすき焼きしたら豆腐とか煮物のこんにゃくとかヘルシーなものばっか選んで食べてるもん。何無意識にダイエットしようとしてんの。もっと脂と肉と糖分食べるべきだね。人に食わせてばっかりいないで」
「食べてるよー食べてる。けっこうつまみ食いしてるし」
「つまみ食いで満足しちゃうんだろうね。後話しながら食べると、兄貴はおしゃべり夢中で手が止まっちゃうし、その間に皆におかず食べられてるし」
「そう、かなあ……?」
「そうやってぼけっとしてるから食いぱぐれても気づかないんだよ。生存競争舐めてるよね。俺なんか朝から3杯飯食うからね」
「ふーん、今何キロくらいあるの?身長も伸びたよね」
「あー76,7くらいじゃない。身長は180超えた、と思う」
「あ、やっぱり。すごーい!身長伸びたなあって思ってたんだ」
父さんは、確か181センチって言ってたから、きっと夏はそれより大きくなるんだろうな、と俺は夏をやや見上げながら思う。去年の今頃はちょっと抜かされたくらいだったのに。あっという間に俺よりずっと大きくなってしまった弟を見ながら。
「ん、デブって思ってんの?言っとくけど俺、多分兄貴より体脂肪率低いと思うよ」
「思ってないよ、そんなこと」
そうやって話していると、すぐに高校寮の前に着いた。。
「じゃあね、と夏は俺に手を振る。
「夏。明日はさ、ご飯食べに来てほしいな。お鍋するから」
「ふーん。俺が行ってもいいの。久しぶりの三好さんとの日曜日でしょ」
「…すぐ意地悪言う」
「はは、ごめんって。行くよ。楽しみにしてる」
行く前に連絡するね、お休み、と言って夏は歩き出した。
俺はその背中が見えなくなるまで見送る。
結局、進んだんだか進んでないんかよくわからないけど。
夏と話せたことが、単純な俺は嬉しくて。俺は、その嬉しさを噛み締めながら、自分の部屋へと戻っ


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あきゅろす。
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