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ハルノヒザシ

ほぼ半日使って魚の処理を終えて。
夕ご飯には、刺身、カルパッチョ、みそ煮、かま焼き、あら汁、と魚尽くしのメニューに三好と舌鼓を打った。
思いっきりハマチの刺身が食べれるなんて、ああ、幸せ。明日は漬け丼作ろう。
これまた三好のご実家から頂いたお茶を啜りながら、俺は幸せな気分に浸る。
「食べきれない分は弟君にも持って行ってくれると助かる」
「えっいいの?」
「いや、どう考えても俺たち二人じゃ食いきれない量だし。弟君忙しそうだし」
三好が俺の盛り付けた、ハマチとタイとハギの三点盛を指しながら言う。
残りは漬け丼や炒め物にしようかと思っていたんだけど。
さっき夏を呼んだら連絡が取れなかったので残念だと思っていた俺には、非常にありがたい申し出だった。夏もお刺身大好きだから。
「ありがとう三好。助かるよ。きっと夏も喜ぶと思う」
「こちらこそ、ありがとう。俺じゃ一人じゃ食べきれないし、というか切身で来たとしても何もできなかったし」
先ほどのサバをバラバラのぐちゃぐちゃにした三好は言う。
そろそろ八時を回るころ。そろそろ夏も帰ってきているだろう。
ごちそう様をして。夏の分をタッパーに詰めて。後片付けをして。
俺は、愛用している水色のエコバックを下げて立ち上がる。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。転ぶなよ」
昨日の予定とは違って蒸しパンとカレーじゃなくって。お刺身とみそ煮だけど。
夏に会いたい俺は、ぱたぱたとエコバックを抱えながら夜道を中学寮へと急ぐ。
夏…。夏…。俺お前と話したい。昨日三好と話したように。お前とちゃんと話したい…。
今まで何度も話したけれど。それでも、もう一度…。何度でも!
いつも賑やかな中学寮。喧噪の中を俺は夏の部屋へと一直線に向かう。
夏の部屋。少しだけ、ドキドキしながら呼び鈴を鳴らすと、聞こえてくる足音。
顔を出したのは早乙女君。俺は、夏はいないか?と声を掛ける。
「あー、俺がさっき戻ってきたとき剣道場にまだ灯りついてたんで、多分またやってると思います」
「そっか…」
少ししょんぼりした俺を見て、気を使った早乙女君が部屋に入れてくれた。見慣れた夏の部屋。
夏の匂いがする。俺の枕返せ。
「あのね。これ、お刺身とみそ煮とか…。沢山三好のご実家から頂いたから。早乙女君生魚大丈夫?早乙女君のもあるから食べてもらえると嬉しいんだけど」
剣道場に行っても会える保障はないので、そのまま持ち帰ることのないように、俺はエコバックの中身をテーブル一杯に広げた。
「うわっ。こんなに。いいんすか?豪華すね」
「食べて食べて。三好も喜ぶ。変な時間にごめんね。冷蔵庫に入れとけば明日も大丈夫だと思うから」
ありがとうございます、と顔をほころばせる早乙女君に俺はまた幸せな気持ちになる。
「またね。ありがとう。お邪魔しました」
「いつもありがとうございます。またいつでも来てください」
早乙女君に別れを告げ、夏の部屋を出ると、俺は剣道場へと向かう。
剣道場は奥まったところにあって、夜に行くのは非常にビビりの俺にはきついのだが、それでも静かな道を一人進んだ。
中学校舎を曲がって。見えてくる剣道場。確かに灯りがついているが、ぼんやりとしていて。
ああ、もう帰ってしまって非常灯の灯りかもしれないな、と思いながら俺はこわごわ近づく。
(開いてる…、それに、灯り、一番奥だけついてる)
一つだけ灯りがついている夜の剣道場なんか、怖くて普段だったら絶対に入らないが、俺は引き寄せられるように入口へと近づいた。
一足だけローファーが置いてあり、誰かがいる気配。俺は恐る恐る靴を脱いで、剣道場に踏み入れた。床がすっかり冷たい。中をこっそり見回す。
袴姿の人影が、剣道場の隅に木刀を持って立っていた。
顔が暗がりに隠れて見えなくて、俺はもう一歩踏みだす。
「誰?もう閉めるぞ」
聞いた瞬間、誰だかわかる声。
声をかけようと息を吸った瞬間、流れ込んできた冷たい空気にくしゃみをしてしまった。
バッと人影がこちらを振り向く。


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