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ハルノヒザシ

「衛士は、今…は」
「知ってるよ。僕がいない間に行っちゃったこと。ここに来る前会いに行ったんだ。元気そうだったよ」
物憂げに目を伏せて、藤堂君は言う。その表情は、本当に切なそうで。ああ、この子は本当に衛士が好きなんだとわかる。あの、快楽主義の圧倒的サディストを。
「君に会いたいって言ってた。また、君と遊びたいって」
「俺は、もう衛士には会いたくない。二人で勝手にやってよ」
まだ完全に怒りが収まらない俺は吐き捨てるように言う。なんだか、頭痛までしてきた。空の青さとコンクリートの白さが、目に刺さって。俺はぐらりと歪んできた視界を振り切るように、目を瞑って目頭を抑えた。こめかみがズキズキする。気分も悪い。
「そんなこと言わないで。僕の分も、お願い…」
そんな俺に藤堂君の声が降ってくる。声は、消え入りそうなものになっていた。カシャンとフェンスが揺れる音がする。僕の分まで…?ふと気付いた違和感に俺は、痛む頭を上げた。
「とうど…く、ん…ちょっと…?」
「風が冷たくなってきたね…。うわ…高いや」
藤堂君はいつの間にか屋上のフェンスの外にいた。なぜか、フェンスに穴が開いている。藤堂君の身体で気付かなかった。
「何…してるの…危ない、よ…?」
「うん。危ないね。だから春日君、来ちゃダメだよ」
「藤堂、くんってば!」
「うふふ…、ねえ、春日君。頭カチ割られるって、目をくりぬくより、痛いかな?楽しみだな。ああ、来ちゃダメだって。飛び降りるよ」
そう言って、藤堂君は屋上のヘリに足をかける。ふらふら藤堂君の方に歩いていた俺は、止まらざるをえなかった。
「海ちゃんがね…」
藤堂君が歌うように話し出す。
「僕に言ったんだ。俺に忘れてほしくなければ、春日君に消えない傷をつけてみせろって。そうしたら僕のこと忘れないって。だから僕考えたんだ。どうすれば、君に消えない傷が残るかなって。僕、海ちゃんみたいにナイフの使い方上手い訳じゃないし、十夜君みたいに喧嘩が強いわけでもない。速くだって走れないし、力でねじ伏せることもできない。だから…」
藤堂君が両足とも、屋上のヘリに足をのせる。

「君の目の前で、僕が死ねば、きっと君は一生、忘れられないだろうって、思ったんだ」
君には、なんの恨みもないけどさ。
なんでもないことのようにそう言って、彼は微笑んだ。
「ねぇ、お願い…やめて。おかしいよ…衛士がそんなこと言ったからって、藤堂君が死んじゃうなんて」
「僕をわかってくれるのは、海ちゃんだけだから。海ちゃんの役に立てるなら、本望なんだ」
「衛士が藤堂君を忘れないなんてわからないだろう!だからっ、やめて!そこから降りてっ!」
「うん。わかってる。多分、海ちゃん僕のことなんて忘れちゃうんだろうって。僕のことなんかどうだっていいんだって。それでも、海ちゃんに愛されたいんだ。一瞬だけでも、よくやったって褒めてほしいんだ」
「ダメ、ダメ、やめて…」

「ねえ。春日君。僕は今から君の為に死ぬんだ。傷ついた?」

あくまで微笑み続ける彼の姿が滲んで。俺は、その場に膝をついた。
お願いっ!やめて、やめて、やめて、やめて、やめてーーーーっ!!
そこから手を伸ばしても、空をきるばかりで。俺の制止はなんの意味もない。
その場にへたりこんで泣き出した俺を見て、彼は満足そうに微笑んだ。

「バイバイ。春日君。あ、そうだ。十夜君のアレ。全部嘘だから。十夜君はいつだって、僕に優しかったよ。ありがとうって伝えてくれると嬉しいな.。本当に、嬉しかったって。裏切ってごめんねって」


そう言って、彼の姿は俺の目の前から消えた。

真っ青な秋晴れだけが、俺の目の前に広がっていた。


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