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ハルノヒザシ
16(夏月視点)
ご飯を食べ終わって。もっかいデザートも食べて。おしゃべりも一通りして。
兄貴が食器洗いを始めた。
俺はその背中を見つめる。
時計はもう八時を廻った。そろそろ頃合いだろう。
俺は口を開く。
「三好さん、遅くない?ご飯片づけちゃっていいの?」
「今日は食べてくるって。どこかでのんびりしてるんじゃない」
「へえ。珍しいね。誰と?」
「さあ。わからないけど」
兄貴はあくまでしらを切るつもりらしい。あの人兄貴以外に友達いないだろが。
「もうなんか帰るのめんどいな。泊めてよ。一緒にねよ」
「明日も学校でしょ。着替えもないし」
「えー俺兄貴と一緒に寝たいよう」
「なに甘えたこと言ってるの。三好に見られたら恥ずかしいよ」
兄貴は振り向いて、からかうように微笑む。いつも通りの笑顔。何も知らなければ、騙される。
「見られてもいいもん。今日俺泊まるからね。明日早起きすればいいし。寝巻貸してよ」
さぁ?どう出る?
俺は兄貴のうなじを見ながら思う。
「だーめ。また、今度な。他の部屋で寝てるのバレたら、三好まで風紀に怒られちゃうから。また、来て。今度は、ビーフシチュー作って待ってる」
これ終ったら送って行ってあげるから、と兄貴はいつも通りの顔をして言った。
俺はすぅ、と息を吸った。そっちがその気なら…。
「三好さんは他の部屋で寝ていいわけ?」
食器を吹いていた兄貴の背中が、ピクリと揺れる。
「まあ、時々なら遊びに行って寝ちゃうこともあるんじゃない?こないだクラスの人泊まりに来たし」
兄貴は振り返らずにとぼけつづける。
「何、三好さん帰ってこないの?」
「…知らないよ…。そういう日もあるんじゃない」
「じゃあ、俺泊まってもいいね」
「ダメ…。三好帰ってくるかもだから」
まだとぼける兄貴。…っつ、どうして言ってくれないの!兄貴。俺じゃ役不足?
振り返らない兄貴に、段々イライラしてくる。
「帰ってこないでしょ、三好さん。だからご飯も一人前しか用意してなかったんだ」
「あれは朝ごはんだよ。今日はすいとんにしようと思ってたんだ。寒いからさ。夏は大食いだから…。ご飯も出しただけ」
「帰ってこないんだろ。眼帯の人といるからさ」
遂に兄貴の手が止まった。でも振り返りはしない。何か知ってるの?と静かな声がする。
「兄貴が三好さんと眼帯ヤローと痴話喧嘩したってことなら知ってる」
「地獄耳だな、相変わらず。ちょっと違うよ。その話。俺たち話してただけなんだ。喧嘩とかじゃない」
「なに、話してたの?」
「ちょっとしたこと。もう内容も忘れちゃった」
「三好さんはなんで兄貴を選ばなかったの?」
「夏…、違うって」
「三好さんは、どうして出てったの」
「夏、やめろ」
「三好さんは兄貴を裏切ったんだろ」

そう俺が冷たく言った瞬間、ぞっと寒気がした。
兄貴を見る。兄貴は手を止めていた。うなじがさっきより青白い。
兄貴が目だけ動かすようにして俺を見ていた。
血の抜けきった顔は、唇まで白くて。
ああ、兄貴は怒ると血の気が引くタイプだったんだな、と初めて知る。
兄貴はあの人のためだったら、怒れるのだ、ということも知る。
今まで生きてきてほぼ初めての兄貴の姿に、一瞬だけ気圧されたが、すぐに俺は兄貴を睨み返す。
「なに怒ってんの?」
「俺の前で、不確かな情報で三好を非難することはやめてほしいな」
そのままの姿勢のまま。兄貴の声は淡々としていたけど、静かな怒りが籠っていた。
「現に兄貴はほっとかれてんでしょ」
「三好には、三好の用事があるんでしょう」
「はっ、どこの誰にうつつを抜かしてるんだろうね。俺の大事な兄貴を差し置いてさ。お陰で兄貴が寂しさでべそかきそうにしてる」
「そんな言い方やめろ」
「しかも、眼帯ヤロー衛士の取り巻きだったらしいぜ?知ってた?衛士の犬だったって。どうせろくな奴じゃない。なんで、そんな奴を兄貴より優先させるんだよ。何か後ろ暗いところがあるんでしょ、三好さん。過去になにやってたか、分かったもんじゃない」
「夏!やめろって言ってるだろ!」
遂に兄貴が振り向いて声を荒げた。今にもぶっ倒れそうな、青白い顔。震える身体。慣れない感情に翻弄されているのだろう。でも、涙目で俺を睨む。
いつも優しい兄貴。いつも笑顔の兄貴。何かあっても必死で笑って、影で泣いて耐えて耐えて耐えて。決して怒らなかった兄貴。怒った顔が見たいと思ったことすらあった。独りで泣いてないで、俺にすべてをぶつけてくれればいいのに、と。もどかしかった。悔しかった。
その、兄貴が今俺の前で怒っている。俺じゃない人のために。
兄貴の一番はいつだって俺だったのに。
俺の一番はいつだって兄貴なのに。
ずっと俺と居てくれるって言ったじゃないか。俺が一番だって言ったじゃないか。
嘘つきっ!嘘つきっ!
俺を裏切るのは、絶対に許さない。
俺を置いていかないで!俺といて!ずっと、ずっと!



「やめない。ねぇ兄貴を一番にできるのは俺だけだってわかったでしょ。俺を一番にしてよ。なんで兄貴は俺より、兄貴を一番にできない人なんか優先する?」
「夏は俺にとって世界一大事だよ。かげかえがないものだ。そして三好も大切な友達なんだ。わかってほしい」
俺を真っすぐ見たまま、はっきりと言う俺の大好きな人。その目は俺だけをみてくれない。
自分から吹っ掛けたくせに、なんか悲しくなってきてしまう。兄貴はすぐに俺の様子を察して、目から鋭さが無くなり、俺の様子を気にかけだした。
優しいでしょ、俺の兄貴。どう考えても俺が悪いのに。誰にでもこうなんだ。俺じゃなくても。他に誰かがいる限り、俺は唯一になることは決してないんだ。そもそも俺には、何も話してくれないんだ。
「夏…、わかったよ。今日は泊まっていいから」
「俺はずっと、兄貴と居たいんだ。なんでそれができる人が、兄貴に寂しい思いさせんだよ。俺はいつも寂しいのに」
「寂しいときはいつでも来てくれていいから。なるべく俺も行くよ。だから泣かないで…」
「泣いてないから。勘違いしないでよ」
「そうだね、ごめんね…」
近づいてきた兄貴が俺の髪を撫でた。俺は鼻をすする。
「兄貴…俺は兄貴だけなのに…。どうして俺じゃダメなの?」
兄貴は何も言わずに俺の頭を抱きしめた。兄貴の匂いがした。
後、何をすれば、何ができるようになれば、この人は俺だけを見てくれるのだろう。
三好さんが戻ってきたら、兄貴褒めてくれる?
三好さんのところに行っちゃう前に…一言だけでも…。
ふと、頭が冴えた。兄貴の身体を一度強く抱きしめてから、俺はゆっくりと兄貴の身体を押し返した。
立ち上がる俺を、兄貴はどうしたんだという顔で見ている。
俺は無言のまま歩き出した。兄貴が俺の名を呼んで追ってくるので、走って引き離した。

そうか、簡単なことだった。俺には。
ねえ、兄貴。俺は、兄貴の幸せだって守れるよ。
そしたら俺をいつかは…。

外に出れば、流石にシャツ一枚だと寒かったけど。
そんなことはどうでもよかった。


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あきゅろす。
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