[携帯モード] [URL送信]

ハルノヒザシ
15(藤堂視点)
「おやすみ、十夜君」
「おやすみ。藤堂」
十夜君とホットレモンを飲んでから、しばらくして。
僕は薬が効いてきたのか、また眠くなってきた。
布団に入って、おやすみを言うと。返ってくる、おやすみの声。
十夜君が電気をパチン、と消す音がする。ベッドカーテンを静かに閉める音がして、十夜君が本を捲る音。少しだけ漏れてくるベッドランプの灯り。
別に僕は電気をつけていたって構わないのだが、十夜君が気を使っていてくれるのはわかるので、あえて何も言わず、僕は目を閉じた。
毎晩、毎晩、昔のことを思い出す。

「笑え」と僕を殴るお父さん。
「へらへらするな」と僕を蹴る新しいお母さん。
泣いてばかりいるからムカつくと僕を閉じ込めた小学校のクラスメイト。
僕を見ると目を逸らす担任の先生。
「笑顔がお母さんに似てきた」と笑うお父さん。
「あの女にそっくり」と叫ぶ新しいお母さん。
お父さんのタバコ臭い舌の味。
僕たちを見て金切り声をあげる新しいお母さん。
女みたいだと嘲笑う中学のクラスメイト。
傷だらけで気持ち悪いと僕を避ける街の人。
俺が愛していたのはお前の母さんだけだと言うお父さん。
お前を殴るのはお前のためだという新しいお母さん。
お前を愛しているから、と僕を裸にするお父さん。
あなたとは居られない、と僕を睨むお母さん。
狭城に来た初めての日に、通りかかった僕を犯した先輩の生暖かさ。
毎日のように引っ張り込まれた、倉庫の床の冷たさ。身体の痛さ。
お父さんも新しいお母さんもいなくて、僕は本当に存在しているのかと不安になった夜。
握りしめたカッターと手首から伝う赤い血の色と痛み。
先輩が居なくなって、痛みがないと現実かよくわからなくて、毎日カッターを握りしめた日々。
だったら俺がしてやろうか、と微笑む初めて会ったときの海ちゃんの笑顔。
殴られた痛み。お腹を蹴られた吐き気。懐かしいと安心した。
痛みが欲しかった。痛みだけが僕の人生の全てだったから。
お父さんと新しいお母さんがくれた痛みが恋しかった。
僕に向き合ってくれるその瞬間が幸せだった。
痛いか?と笑う海ちゃんが天使に見えた。
海ちゃんはいつだって僕に痛みをくれた。
それだけあれば、他のことはどうだってよかった。
なんて優しい人なんだろうって思ってた。
海ちゃんは「喜ぶな、バカ。つまらねぇ」なんて僕をよく罵ったけど。
海ちゃんの傍に居られるのが幸せでたまらなくて、僕はいつも海ちゃんを追いかけた。
使っていたカッターは錆びたから捨てた。
突然やってきたルームメイトもどうでも良かった。
一番痛くて死んじゃうかと思ったあの夜も、海ちゃんが構ってくれて幸せと思っていた。海ちゃんとの時間が終わってしまうのが嫌だった。
つまらない病院。誰も来てくれなくて、時々縛られて独りで閉じ込められた。
やっと帰ってこれたのに、僕の天使はいなかった。
代わりにどうでもよかったルームメイトが傍にいてくれるようになった。
痛みをくれない彼は。
痛みを与えなくても、僕に向き合ってくれている。
彼の隣には、にこにこと微笑む、華奢な男の子。
僕を支えてくれた薄い肩。白い掌が差し出すいちごみるく。
ねぇ、僕は、僕は君に…。

ああ、ダメだ。思い出に浸るのはここまで・

ああ、海ちゃん…。大好きな海ちゃん…。
ここにいると、海ちゃんとの約束を忘れちゃいそう…。
優しさに、ほだされてしまいそう…。
海ちゃんとは違う色に染まってしまいそう。
嫌だ…。海ちゃんを裏切るのは…。
あの時僕と向き合ってくれた唯一の君を裏切りたくない。
早く、約束果たさなきゃ…。
僕がそんなことできなくなる前に。


[*前へ][次へ#]

36/55ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!