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ハルノヒザシ
裏切者
保健室の一件からまた週が始まった火曜日。
昨日今日と三好は用事があるみたいで先に帰ってしまって。
ひとりになってしまった俺は、ちょっとうろうろでもしてみようかな、久しぶりに特別校舎の屋上に行ってみた。なんとなく、空が見たい気分だった。ごろごろしながら本でも読もう、うーんもう寒いかな。
鍵がかかってない屋上。軋みがちの扉をよいしょと開けると、コンクリートの広い床の先に広がる青空と森。反対側に行けば、通常校舎と運動場が見える。
(ああー気持ちいい。ちょっと寒いけど)
三好と遊びにいったのは、あの森の先だよな。方向的に。あの時は楽しかった。あの小さな食堂の老夫婦はお元気にしているだろうか。
屋上を囲うフェンスの金網を透かすようにして遠くを見ながら俺は思う。
(来年も、三好と一緒にいれるかな?)
もし、違うクラスになったとしても。また、あの夏祭りに一緒に行けるだろうか。
ああ、三好の実家にも遊びに行ってみたい。喜介を三好に会わせたい。どこか旅行にも行きたい。卒業しても、ずっとずっと会いたい。
そんなことを考えていると、喜介にもすごく会いたくなってしまう。
(電話かけてみようかな。いやこの時間だと仕事中かな)
お正月には来いと言ってくれていたので、その確認がてら、なんとなく簡単なメールを喜介に送ってみた。すぐに、『そろそろスマートフォンにしろ』と返信が返ってくる。
今度帰った時に見繕ってよ、とフェンスにもたれかかってしゃがみこみ、何通かメールのやり取り。
(はは、なんか気が立ってるみたい…)
どうやら新しくできた彼女に振られたらしい。喜介は大和撫子がタイプと豪語してるけど、なぜだか気の強そうな人とばっかり付き合うからな。いつも喧嘩別れしてるんだ。今回も多分そうな気がする。
ひとしきりメールのやり取りがすんで。俺が携帯をパタンと閉じて、ポケットにしまおうとすると、いつの間にか、10メートルほど先に一人、人が立っているのに気付いた。風吹かれながら、空を見ている。
「あっ」
いつの間にそこにいたんだろうか、と俺が少しびっくりしてその人を見ていると、俺はその人が見たことあった人であるのに気付いて声を出してしまう。顔は少し長めの髪に隠れて見えないけど、その長身。その黒手袋。
声をあげてしまった俺が気になったのか、その人は俺に視線を向ける。
「あ……あの時の…」
「どうも…。体調大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう、ございました…」
ぺこり、と軽く頭を下げるその人に、俺も立ち上がって軽く頭を下げた。柔和な笑みを浮かべながらその人が俺の前まで歩いてくる。
「ごめん、ね。お礼言いたかったんだけど…、僕、あの後もちょっと学校休んじゃってて」
「んーん。俺はほとんど何もしてないですから。見てくれたのは徳永先輩でしたし…」
「そう、起きたら、徳永先輩いて。僕、びっくりしちゃった。でも優しかっよ。寮まで結局送ってもらって」
「そうだったんだね。良かった」
ふふふ、と柔らかな声でその子が笑うので俺もつられてにこにこしてしまった。背も高いし、眼帯、手袋、そして傷、と少々何があったんだろうと邪推してしまう容姿をしている彼だが、声も穏やかで少し甘さまであって、笑みを讃える顔は端正なのもあって人好きしそうで、しぐさも上品で、全然変な気がしなかった。
その子がちょこんと俺の隣に座ったので、俺もまたフェンスにもたれて腰をおろす。
「僕、二年生の藤堂鋼。ちょっとこないだまで学校休んでて。11月から戻って来たんだ」
「俺も二年だよ。二年G組の前田、春日っていうんだ。この春から転校してきたんだ。よろしくね」
俺がそう名乗ると、藤堂君は一瞬だけ目を丸くした気がした。「かすがくん…」と俺の名前を繰り返す。
「あれ、もしかして知ってた?ちょっと名前代わってるよね」
「ん、ごめん。多分徳永先輩に名前聞いてたみたいだけど、僕熱に浮かされてたから忘れちゃってたみたいで。今思い出しただけ…。そんなことないよ。素敵な名前。はるひって書くんでしょう」
「うんそうだよ。藤堂君は花の藤にお堂の堂にはがね…は金属の鋼でいいのかな」
「うん。鋼の錬金術師の鋼だよ。錬金術は使えないけど」
相変わらず柔らかな声で、藤堂君がおどけてみせるので、すっかり初めて言葉を交わす緊張もほぐれてしまって。ついついお喋りモードに突入してしまう。
「お休みしてたって大変だね。俺で良ければ何かできることするから、言ってね」
「ありがとう。嬉しいな。そうなんだよ。僕すっかり勉強わからなくなっちゃって。今友達に教えてもらってるところなんだ」
ちょっと疲れたから、息抜きに来たの、友達が飲み物買いに行った隙に、と藤堂君は少し舌を出して微笑む。
「あ、飴あるよ。舐める?はちみつ金柑のど飴といちごみるく」
「わあ、ありがとう。僕、この飴好き」
「俺もさ、一週間くらい前に風邪引いちゃってちょっとまだ喉痛くってさ。こんなにもう寒いとは思わなかったよ」
「僕も初めて来た時びっくりした。もう12月入ると雪が降るよ。あーあ、天気悪いとまた体調悪くなりそう」
藤堂君がいちごみるくの飴をころころさせながら、軽く右手で自分の左腕を擦った。また、カーディガンの中からちらりと手首に傷があるのが見える。流石にほぼ初対面の子に何があったのかは聞けなかった。
「僕ね…」と藤堂君が口火を切る。


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あきゅろす。
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