:
ぼけつのさき
見定め
授業終了のチャイムの音が鳴り響き、俺は教科書やら何やらを持って席を立つ。いつもならこのまま部活に行くところだが、今日は監督のいる音楽室に向って、だ。
新しいマネージャーの報告をしに。
廊下を歩きながらも視線を送ってくる女どもに俺は目のくれずに歩き出す。外は曇り。春の終わりと初夏の間なこの気候に早く練習したい気持ちをかかえ、早足で音楽室に向かう。今日の昼の綾乃との会話を思い浮かべながら。
『景吾、景吾ぉっ』
『アーン?何だ綾乃か。どうかしたのか?』
『お願いがあるの…聞いてくれない?』
コトリ、と頭を傾かせた綾乃に、そんなんで断れる男がいるか、と思いながら返事を返す。
『お願い?何だ、どうした。』
『あのね、新しいマネージャーに推薦したい子がいるの。』
『新しい…マネージャー…だと…?………。』
マネージャー…綾乃以外のマネージャーに良いイメージを持てなくなっている自分が確かにいる。以前のマネージャーの行動を思い返さずとも、そんな意識は俺に根強く植え付いていた。
『やっぱりダメ…かなぁ?』
『新しいマネージャーってのは…一応は平気だが、綾乃は大丈夫なのか?白川の様なことにでもなるんだったら入れないで部員に手伝わせた方がマシだぜ?』
『大丈夫だよッ!雪チャンすっごくイイ子だしっ!部員はきちんと練習しなくちゃ!それに今回は綾乃が推薦してるんだからへーきだよぉッ!
ふふッ!景吾は心配症なんだから!』
『なら…いいんだが・・・。』
笑って平気だと言う綾乃に完全に否定することが出来ない。だけどそうやって笑ってきてお前はどれだけ傷ついた?
『ホントっ!?ありがとっ!景吾っ!』
ニコリと笑った綾乃の顔を思い浮かべて思わず赤くなる。惚れた弱みってやなんだろうか。この俺様がこんな事を思うのもあの綾乃だからなんだろうな。
周りでうざったい視線を寄こしてくる女達、どこを歩いてでも付纏ってくる女も、それが綾乃ったらいいのにな。
フっと蔑むような笑顔をそいつらに向け、音楽室の扉を開けた。
_どうせ馬鹿な女にはこの笑みなんか理解できねぇだろ。なんて思いながら。
「失礼しました。」
ガラリ、と音楽室の扉を閉めて、来たときと同じように廊下を歩く。次の目的地はテニスコート、だが。
それにしても…。
「新しいマネ…なぁ…」
「何独り言ぅてるん?キモイでぇ、景ちゃん」
思わず眉が寄る。
この独特なイントネーションとノリで話す奴は一人しかいねぇ。
「忍足、部活はどうした。」
「ちょっと先生に用事頼まれたんやて。
それで…なんかあったん?」
自然に隣を歩く忍足を目に入れながらも口を開く。
「新しいマネージャーの件だ。」
「あ…新しいマネ?!そんなん聞いてへんよ?」
「言ってねぇからな。今監督にそのことを報告して来た。」
「それで入れるて?」
「あぁ。」
「……。…その新しいマネは大丈夫なん?」
「それは俺から綾乃に言ったが…綾乃の推薦だから大丈夫だ…なんて言ってたな…。」
そう言葉を返すと忍足は目を細めてた。
前のマネージャーの事でも思い浮かべてるんだろうか。
コイツも…前回の所為で綾乃以外のマネージャーについていい印象を抱いていないのは確かだ。
「………。
あんま信用できひんわ。表面なんてどーにもできるで。」
乾いた笑みをしている忍足を見ていたらいつの間にか昇降口に着いていて、靴を履き替え外に出る。
監督と話していた時間で遅くなったせいか空はもうすでに赤い。
__そうだな、表面はどうにでもできる。
…まぁ、でも。
後ろを歩いてついてくる忍足にくるり、と振り返り口を開いた。
「でも、俺達で守れば大丈夫だろ。」
言葉を聞いて目を一瞬丸くしたが、すぐにニヤリ、と笑い口を開いく忍足。
「せやな、前のように…な。」
クスリ、と二人で嗤い合い、テニスコートへ歩き出した。
空は既に朱から碧に代わり始めていた。
テニスコートにはいつもの様に女どもが群がっていて、俺たちの姿を目に入れると奇声を発す。いつも通り俺はその迷惑を迷惑と考えない奴らを気にすること無く、コート内にいる綾乃を視界に入れる。
新しいマネージャーと一緒に。
「あれが新しいマネージャーかいな。」
「多分な。」
綾乃と新しいマネージャーは二人で笑い合っていて、仲が良さそうにしか見えない。
「へ──ぇ…。」
ある程度の付き合いはあるものの、未だにきちんと理解できない忍足の曖昧な返事に、俺はちらり、と目を向ける。
__コイツ、何するつもりだ…?
これだから読みにくい奴は疲れる。
ま、コイツなら綾乃には悪いことはしないだろうと判断して俺はコート内に入って行った。
きっちりと新しいマネージャーを見定めながら。
その姿を誰かに見定められていた、なんて夢にも思わずに。
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