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ぼけつのさき
赤と青の関係
カァカァと鳴く鳥の声。
空はもう赤く、いくら初夏と言っても肌寒く感じる時間帯。
カリカリと広いこの部室で鳴り響く音と共に、カチャリと音がしてそちらに目を向けた。
「あ…」
こちらに目を向けてはたりと止まったその新人マネージャーは、手に派大量のボールの入ったかごを抱えていて。
ぱちりと目が合ってぱたり、と行動を一瞬止めているマネ。
しかしピくりと体を揺らしてからいそいそとそのボールを何時もの部品部屋に置きに行ったのだろう、パタパタと足音が遠のいて行った。
新しいマネージャー、雪。
俺は作業のために手を動かしながらもあの女の事を思い浮かべてみる。
確か今日一日では綾乃に対して何を起こすでもなく、ただただ真面目にマネージャー業をこなしていた。部活中に姿があまり見えなかったが、今動いている手の汚れはテニスコートを掃除して来た汚れでもあるのだろう。
部活中は綾乃以外のマネージャーの事など大して気にする事も出来ないからあまり念頭には置いておかなかったが、今の姿を見るだけでは一応仕事はしているらしい。
それはマネージャーとしての行動としては妥当で、当然の姿なのでどうとも思わないが、この行動がいつまで続くのか見ものだな。なんて心の底で思っていた。
「あっあの・・・」
「アーン?」
ちらりと声がした方を振り向くとそこには当然のマネが居て。
座っている俺を見下ろしながらも、制服姿のマネの姿にああ帰るのかなんて思って目をやった。
「えっと、何か私お手伝いできますか?」
ことり、と頭を傾けたときにさらりと細めの髪が肩から落ちた。
部活中は括っていたがそれは部活中だけらしい。
制服姿の彼女を見るのは2度目になるが、相も変わらず平凡な容姿だ。
ふと自分のやっている作業を見下ろして、別に大した作業でも無い故にその返事をそのまま返す。
「いや、いい。お前はもう帰れ」
「そうですか」
そう言ってから自分の作業に戻りペンを動かすと、ガタっとイスを動かす音。
何だ?と思って顔を再度上げると、マネージャーが自分の向かいに座っていた。
「俺様の話が聞こえなかったのか?」
「えっ?あ、いえ、でも部長は残るんですよね?」
「あぁ」
「一人寂しくありません?」
「は?」
こてりとまた頭を傾けている女に目を向ける。
今俺様が何歳だと思ってんだこいつは。一人で部誌を描いていることでさびしさを感じるような高校男児が居るものなら見てみたい。
…いや、居ない事もないか…。
部活のメンバーを思い浮かべると寂しいとか何とか女に言いそうな輩がちらほら居るもんだから何も言えなくなるが。俺様がそう見えてるのかと思うと流石に堪える。
俺様からの返答を待っているのかじっとこっちを見ているマネ。
………。
ああ、なんだこいつもそうだったのか。
ふと気が付いて急激に心が萎えた。
めんどくせえから返そうかとも思ったが、どうせなら時間がたった方が面倒になるのは目に見えているので無理に帰宅はさせない。
さっさと言わせた方が楽だ。
何だかんだでこんなパターンになるのも少なくはなかった。
こいつも、俺様目当てだったのか。
もう一度ちらりとマネを見ると返答待ちを諦めたのだろう、「猿でもわかるテニスのルール!」みたいな本を読んで居て、やはりテニス初心者だったのかと思った。
そんな初心者丸出しの本を読み始めるのがマネになってからと言うのも不快感を抱く。
コイツは転校してきたばかりだと言うが、俺様に惚れるんだったらもう少し頭が回らないと話にならないなんて思う。
ファンクラブも少しづつ動き出している話は聞いているし、こいつが止めるのは時間の問題だろう。
そんな事を頭の隅で考えながらも作業を続けた。
カリカリと言うシャーペンの音とぺらりとマネージャーがページをめくる音。
窓から差し込む光はオレンジだったが、すでに大半の部活終了の時刻がすぎているからか運動部の声は全然しなかった。
時計の音と作業の音が嫌に響いた。
「あの、部長…」
「アーン?」
カリカリ。視線を下に向けたまま適当に返事をする。
他にあと記述することは…。
新入部員のメニューをそろそろ増加させてもいいころ合いだろうか。
大体入ってすぐ辞めるような輩はある程度落とせたし、そろそろ本格的に動かすべきか…?
「テニスボールの事なんですけど」
「…あぁ…」
しかし今平部員をある程度まとめているのはコーチに入った宍戸とそれと平の3年か…。
そちらの要望だともう少し待った方がいいような話を言われたのは2日前か。
まぁ宍戸に関しては自分の負担が増えるのが面倒だったのだろう。あいつは何気に面倒見がいい方だが面倒くさがりというそれこそ面倒な性質してるからな
「なんで毛が生えてるんでしょう…?」
「…は…?」
ぱッと顔を上げるとテニスボールを真剣に見つめているマネの姿が。
机には先ほどまで読んでいた本らしきものが置いてある。
なぜ、毛が、はえている…?
じっと見つめていたせいか無言だったせいか、彼女はこちらに顔を向けて自分のばかばかしい質問が恥ずかしくなったようだ。
ひそかに頬が赤くなっていた。
「えっあっいやッあの…!な、なんて言うか!ほ、他のボールって野球ボールとかサッカーボールとかつるつるじゃないですか!軟式だとボールに毛なんぞ生えてませんし!だ、だからなんで…かなぁ…と…」
ボールに、毛…
「ッ…!」
こ、こいつ馬鹿じゃねえ…?!
ボールに毛ってそもそもその表現の仕方からおかしいだろ!
もうちょっと他に言い方があるだろうが!!
「…ッ…くっ…!」
ばしりばしりとテーブルをはたく。
「……。…いやあの、そこまで行くんだったら普通に笑ってもらった方が嬉しいです…」
ぽり、と頬を掻きながらもそろりと俺様から視線をそらした彼女にハッとなり少々むせりながらも息を整えた。
彼女の頬は相も変わらず羞恥で赤くなっていた。
「悪いな、俺様としたことが…」
「いえ…そ、そんな変な質問でしたか…?」
「俺は幼少のころから硬式のテニスをやっていたがそんなこと思った事もなかったからな」
「いや、えっと、見ての通り私はテニス初心者なんですが、テニスって結構不思議なこと沢山ありますよ!」
「…ほう、例えば?」
ゆっくりと手放していたシャーペンを持ち、部誌を続けて書き始める。
「えっと、た、例えば!えっと…うーんとその、」
「…無いんじゃねぇか」
フっと笑って言葉を零した。
俺様の勝ちだな。
「いやえっと前に思ったことって忘れてしまって…そ、そうだえっとえっと…な!なんでテレビではテニスってシングルスばっかり放送するんだろうとか!」
「…あぁ、それは日本の特徴だ。」
「日本の特徴?」
「あぁ、世界では基本的にテニスはシングルスでするもんだと思われてるからだ」
「へえ!」
嬉しそうな笑顔に顔をあげ、俺も話を続ける。
元々何かを教えるのは嫌いではないし、知らない知識を吸収しようとする姿勢は嫌いでは無い。
「日本は土地が狭いからな。テニスをプレーしたい人にコートが間に合わなくてダブルスも少なくはないが、世界的にはもっとテニスコートはあるからシングルスをする人数が多い。」
「そうなんですか…!」
「それと同時にダブルスはテレビで見ていてそこまで楽しまれないって言うのも大きな要因だけどな。」
「…?そう、なんですか?」
今日の日付を書き終えてパタリとシャーペンを置く。
部誌はこの程度書いておけば十分だろう。
「あぁ。それこそテレビ放送されるようなテニスレベルになるとダブルスはラリーが続かない。大体2、3回でポイントが入る。」
「…それに比べるとシングルスの方がラリーが続いて観客側でも『ここに打ったらいいのに!』なんてことが考えられて楽しいってことですか」
「そう言う事だ。」
「なるほどー…」
アホらしい質問はするが頭の回転と言うか吸収力はあるらしい。
テニスの本を再度読み始めた彼女を見て口角が上がった気がするが、まぁ気のせいだろう。
ガタリとイスを鳴らせながらも席を立つ。
同じように顔を上げたマネを見ながら口を開いた。
「俺様はもう帰る。迎えも来てるはずだしな。」
「ぅぉ…?そうですか。気を付けてくださいね」
「鍵は?」
「持ってます、えっと合いカギ作って下さる予定だったんですが、先生が持っていて良いと言って放課後に鍵を下さったので」
「…なるほどな」
昼休みのあれはすでに鍵を渡された後だったという事か。
「私はもちょっと本を読んで、部室を少し掃除してから帰ります。」
「そうか。」
机から手を離して部室のドアに手をかけた。
俺様はドアを閉める瞬間マネの姿を見たのに、マネはこちらをちらりとも見なかった。
けいごたんの喋りが本気で判りません。
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