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ぼけつのさき
笑顔を作る嘘










ガチャリ。
部室のドアを開ける。時間はすでに7時。7時半の部活開始までにはまだ時間があるのでコートにも部室にもいる人は少なかった。さっき日吉と佐藤先輩がいたのは見えたけど、あの二人が早いことはいつもの事ながらなのでたいして気にする事はない。まぁ日吉と佐藤先輩が一緒にいるのは珍しいと思うけど。









自分のロッカーに荷物を置いて着替え始める。
さっさと着替えてさっさと朝練して終わりにしたい。練習が苦手と言う訳じゃないけど、最近朝練が楽しくないんだよなぁ…。


バサッとTシャツから顔を出す。カチャリ、と十字架のペンダントが当たる音が聞こえた。




「はぁ…」



俺がこう思うようになったのっていつからだったっけ…。








ああ、あいつか。









スッと自分でも体が冷たくなったような、朝家でてきた時に感じた朝の涼やかな風とか、揺れる草木の音とか、そんな爽やかな気分は錯覚だったかのように何もかも消え去った。身体全体で考える事を否定しているみたいだ。





あいつが綾乃先輩を苛めてからだ…。それで綾乃先輩が朝練に来ないようになったから…。
確かに俺にだってテニスをする時間は好きだし、部活ももちろん好きだった。でも、テニスに繋がる全てが好きと今は言えない。確かにそう思っていた時だって確かに俺にもあったのに。

先ほど零した溜息に立て続けに同じような息を落とした。













でも…、
綾乃先輩は…俺が守ってやらなきゃ。
あれだけ傷つけられた綾乃先輩がこれ以上傷つく必要なんて、無いんだ。
仕事だって少ないわけじゃないのにいつも笑顔で俺たちを支えてくれる。
呼び出しだって普通では考えられないような量があるのに…









綾乃先輩は…
俺たちが…俺が守ってあげなきゃ。














『これからは…これからは私が、私が綾乃先輩を守ってあげます…!絶対、ぜったいです…!』





は、と目を見開く。
あの新しいマネ…あの子はどうなんだろう…。
昨日のあの時は…忍足先輩と俺で警告した時はほろほろ泣いていたけど、………










アレ…?


あ…あれって俺のせい、かな…?
普通に考えて俺が泣かせたって感じだよ、ね…?


いや…でもでも!あ、あの子だって綾乃先輩をいじめる可能性だってあったんだしきちんと最初に警告はしておいたほうが…

いや、でも最初から警告しに行くなんてするのはさすがに失礼だったかな…?同い年だけど綾乃先輩の友達って知っていた訳だし…


で、でも綾乃先輩の友達って言っていじめを始める子は少なく無かった訳だし、あの行動は間違った訳じゃ…



ぅうん…で、でも…





ガチャリ、と扉を開くとそこにいたのはセミロングの髪の新しいマネ。
うあ、な、なんかタイミング良すぎじゃ無い…?








「ぇ、あ、お、おはようございます…」






二コリと笑って朝の挨拶をするマネだけど…
や、やっぱり何か微妙な感じだ…!良く知っている訳じゃないけど綾乃先輩と一緒にいた時はもっと元気があったはず…

そ、そうだよな、あんな風に言われたら誰だって…それにマネは女の子だし、よってたかって男2人あんな風に言われたら誰だってびっくりするよね…!あの時全然マネの話聞いなかったし…


そ、そう思うと急にざ、罪悪感が…






「あ、あぁ、おはよう、片平さん…」









「「…………」」





シン…と、何とも微妙な空気が流れる。じっとマネを見ると何だか肩で呼吸していて。あれ、



「な、何かあったの…?」

「へ?」

「何か、息切れしてるみたいだから…」



「ぇあ」なんて言葉を零したマネを見続けると、ハ、と思い出したようにマネはタっとどこかへ走りだして。何なんだ…?なんて思ってそこにボー然と立っているとまたまたマネは走って戻ってきて。その手には部活専用のドリンクとタオルが。




「あの…今から練習です、よね…?」

「あ、うん。そうだけど…」

「じゃあ、ど、どうぞ」



出されたタオルとドリンクを手に持つとすでに冷えていて。って言うか…




「朝練の時は皆自分用のドリンク持ってきてるはずだけど…」




確か綾乃先輩が朝来れないってなった時からそうなっていて、皆自分でドリンク持ってきているはず…。実際俺も今日は持ってきてるし…




「ええッ!?ほ、本当ですか…?!」

「う、うん…。」





そう言うとずーんと落ち込んだ様子の片平さん。


「えっ?!だ、大丈夫…?」

「ハ、ハイ…。精神的ショックを受けただけですので…ちょ、ちょーっとドリンクを作り過ぎただけですから…」





は、ははは…なんて乾いた笑いを出すマネに新たな罪悪感が…!







「作り過ぎたってレギュラー全員分作ったの?」

「い、いえ…私は平部員専用マネですので…でも綾乃先輩が朝練は来ないと言っていたのでとりあえずレギュラー含め全員用「全員っ?!」」



「え、あ、ハイ。」なんてけろりと言った片平さんに心底驚く。




「全員って…約200人分?!」

「ハイ…で、でも無駄に終わりそうですね……私いっつも変な所でミスしちゃうんですよね…」





「この前だってリボーンさんにいろいろと…」と言葉を零しながらしゅん…と頭を下げた片平さんにさらに重なる罪悪感が…





「で、でもッ平部員は面倒って思ってドリンク持って来ない人だっているし、ドリンクだったら午後の部活で使う事だってできるし、さ…!そんなに落ち込まなくても…」

「あ、そっか…そうですね…!鳳君頭がいいです!」





下げていた頭をばっと上げ、笑顔でそんな言葉を零す片平さんに何だか笑いそうになった。まぁ確かに約200人分のドリンク作りの労力は凄いものだっただろうけど…何時からドリンク作り始めたら200人分なんてできるんだ…?しかもちゃんと冷えてるし…





「あの…鳳君。」

「何…?」



片平さんの音色が変わり、何だか真剣な雰囲気になる。




「昨日は、ありがとうございました…!」

「へ…」



ペコリと頭を下げた片平さんにこちらもどうしていいか判らなくなる。
俺、片平さんにお礼されるようなこと何も無いと思うんだけど…さっきまで罪悪感が募っていて自分から謝るべきかな…までも考えていたのに。







「昨日…綾乃先輩の事教えてくれて…」

「え…」



苦笑なものを零した片平さんは続ける。



「私最近転校してきたばかりで本当に何も知らなかったんです…。綾乃先輩の事」




え、転校してきたばっかりだったんだ…
同じ学年と言ってもクラスも多いしな…櫻井の転入は知っていたけど…。




「でも今は私はもう知りました。私は…実際に綾乃先輩が苛められている場面を見ていないからきっと、鳳君やレギュラーの皆さんのように状況をキチンと把握しているわけでは無いんですけど…」

「………」

「でも、私は今、綾乃先輩が大好きです…!今一番尊敬しいている先輩です…。

私…昨日、マネになりたくて綾乃先輩を呼び出してマネになりたいことを伝えたんです…」





片平さんのまつげの影が伸びる。



「きっとり…リンチとか、そ、そんな怖い事体験してきた綾乃先輩にはこの呼び出しは怖かったと思います…。も、もちろんいじめようなんて気持ちは欠片も無かったんですけどでもそれでも綾乃先輩には怖かったと思うんです。

だ、だから…」

「うん。」



きゅっと俺の目を見る片平さん。茶色の瞳が、揺れる。




「だから、ありがとう、です。私が綾乃先輩を傷つけるなんて意図的で無くてもしたくないんです…。絶対、に。なのでその事実を教えて下さった鳳君や忍足先輩に感謝です!またヘマしちゃう時はあるかもしれないんですがきっと次からは私でも気を付けることも、綾乃先輩を守る盾になる事だってできます…!だから、あ、ありがとうございました!」






ガバっともう一度頭を落とした片平さんに自然にさっきまで全然口から出そうになかった言葉を俺も零す。






「俺も、ごめんね…」

「へ?」



すっと頭を上げた片平さんは何だか目を見開いていて。全然判っていないようだ。




「ど、どうして鳳君が謝るんですか…?!わ、私何も…」
「昨日さ、何か綾乃先輩の友達って俺知っていたのにあんな風な言い方しちゃったから…」

「ええ!ちょ…な、何言っているんですか!あれは綾乃先輩を守るためと言うかあんな綾乃先輩の状況だったら当然な話で…鳳君が謝るようなことでは…」



あせあせと手を動かしながらも焦る片平さん。小動物ってこんな感じ…?





「いや、でもアレは女の子には何となくきつかったかなぁって…思って、さ。」


「おおお、女の子って…!」




「ひゃ、ひゃわぁあ…!」なんて顔を赤くした片平さんに頭を傾ける。何だか前に出ていた手が微妙に震えている気がするし…。いやでも、片平さんは女の子だし、なんでそこで赤くなる必要が…?





「お、おおお、鳳君、そ、そう言う事は綾乃先輩に言うべきであってわ、私なんかに女の子と言う言葉を使ってはいけないと言うか何と言いますか…!ぅああ…!」




手を真っ赤な頬に持って行った片平さんは何となく混乱と言うか何と言うかな反応をしてくれて。





「でも、片平さんは女の子だし…ね?」

「わ、私の友達は「雪ってオヤジ臭いよねー」とよく言いますよ…!」




ぐっと見上げてきた片平さんは自然に上目づかいになっていて、う、といったん止まる。綾乃先輩までとはいかないけれど、これはこれで弱い…かもしれない。

と言うかその友達の言葉を完全に思いっきり信じている片平さんにどれだけ単純で素直なんだ…とも思って。バカ正直に信じすぎと言うか…。鵜呑みにしすぎと言うか…。









「いや、片平さんは女の子らしいと俺は思うけど」


笑いながら言ったのバレてる、かな?


「そ、そんな事は…」






「だってほら、クマ、出来てるよ」



「へ?」なんて零した片平さんはシュバッと手を頬から目元に移して。一応隠しているようだけど見えてるし、俺からしたらもう見たし…




「昨日、眠れなかったんだろ…?」


「い、イエこれはあ、綾乃先輩の事を考えて眠れなくなったわけじゃ無くて、え、っと…ん、と……げ、ゲームをですね!ゲームを遅くまでやってしまいまして…!どうしても勝ちたかったんです!あの何かガイコツっぽいのがちょうど連続でぷよぷよを消して私の方に黒い邪魔なぷよぷよを飛ばしてきてですね…!ど、どうしても勝ちたくて夜、遅くまで…」





語尾が小さくなっていく片平さん。判りやすすぎる嘘に思わずぷっと吹いてしまった。



「ほ、ほんとうなんですよ…!本当なんです!あのガイコツが途中にお茶とか啜りだして負けたくなくて、ですね…!そ、それで眠れなかっただけなんですよ…!だからこのクマは全然部活に関係ないんです…!」


微妙に何だか変な話題ではあるが泣きだしそうになっている片平さんにうんうん、と笑いを零しながらもうなづいて。






「うん、でも、ごめんね、それでありがとう、片平さん。」





「へ…」




目を見開いた片平さんにクスリ、と笑う。それで「ガイコツって一番最初の面じゃなかったっけ?」なんて言って、そしたら片平さんが「ええ!鳳君ぷよぷよやるんですか?!」「向日先輩が前にやってて貸してくれたんだ」なんて話をして。







ありがとう、片平さん。綾乃先輩を判ってくれて。
綾乃先輩に女の友達が少ない事は俺は知っていたから。なんて裏で言われている事も、知っていたから判ってくれる友達が出来て、嬉しい。






頬を染めながらもゲームの話を一生懸命に話す片平さんを見ながら、そんな事を想ったんだ。












結局は涙に弱いチョタ。タメ口のチョタが判らない。そしてぷよぷよはゆきがやりたいだけ。
続きが気になる方はぽちりとどうぞ!



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