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ぼけつのさき
広がる変色
空はもう蒼。
景吾の部活終了の一声でレギュラー達はちらほらと帰りの準備をしに部室へ戻り、平はコート整備をし始めるこの時間。平達の声が聞こえる中、私は雪チャンにコート設備に関しての面倒臭い説明を終えてのろのろと部室への道のりを歩いている。
はぁ…疲れた。本当に。かなり疲れた。綾乃もう動けない。動きたくない。
どれくらい疲れたってこれからもう最低1年ぐらい仕事出来ないってくらい疲れた。
ま、実際そうなる訳だけど。
「ほ…本当にマネージャーの仕事って多いんですね…」
ぐったりとした様子で雪チャンが声を零したのを目に入れる。手にはオレンジの小さなメモ帳。そのか中にはびっしりと言葉が並べられているようだ。今日はとりあえず私が雪チャンに仕事の内容を説明して練習を見て回った。綾乃だってバカじゃ無い。これまで仕事は他人に任せていたけれど説明するぐらいなら平気。綾乃がドリンク作るとか想像出来ないけれど。
ふはぁ…と何とも表現しずらい溜息を吐いた雪チャンを横目で見ながらも、そう言えば、と練習最初に話した内容を思い出す。
確認し忘れた私も完全なるミスだったけれど、雪チャンが言うにはマネ体験は初めてだったらしい。
それを聞いた時私は
『よくそんなんで「仕事全部やる」なんて言えたわねこの女…!』
なんて思ったものだけど、まぁおとなしめな雪チャンの見た目どおりと言うか何と言うかで仕事を覚えるのは早かった。こう言う方向でバカで無くてよかったわぁ…。
「そうなんだよねぇ…これから頑張ってね雪チャン!」
にっこり、ととびっきりの笑顔を雪チャンに送った。
言葉に表すと「この蒼の空が夕日だったら絵だと見間違えるであろうレベルの絶世美女の笑顔」で、だ。
だってほら、雪チャンだけじゃなく周りの平も頬を染めてる。
「ッ…!…ぁ…は、ハイ!よろしくお願いします…!!」
ガバリ、と頭を下ろした雪チャンに何となく笑顔を固める。
この子はバカなのか頭がいいのか判断しにくいわね…。さっきの「頑張ってね?」は「これから全部の仕事、貴女が全部やるんだからそれ、よろしく頑張ってねぇ雪チャン。」の意味だったんだけどなんだかねぇ…。後々嫌と言うほど判るから別にいいんだけどさ。
偶にこの子殺してしまいたくなるのよねぇ。ぐちゃぐちゃに踏みつけてしまいたい、血に染めたくなるような、うん、そんな感覚。
「うん。頑張ってね、雪チャン。」
笑顔を絶やすこともせずに続ける。
「ハイ!」
「そう言えば雪チャン。」
「は、ハイ!」
しゅばっと頭を上げた雪チャンが目を開きながらもこちらを見た。
なんとも扱いやすいこの女に目を細めながらも綾乃は言葉を続ける。
「さっきテニス部は朝練毎日あるっていったよね…?」
「ぁ、ハイ!確か七時半から練習開始でした、よね…?」
「うんっ!正解!」
にこにこにこにこ。
二人して歩いていたので目の前にはすでに部室のドアが。それをガチャリと音を立てながらも部屋に入ると何人かのレギュラーが居た。でもそれを気にすることなく言葉を続ける。
「それでね、綾乃、実は朝練に顔出せないの…」
しゅん…と顔を下に向けながらも声を発する。
「え?えっと…綾乃先輩どこか具合でも悪いんですか…?」
こてり、と頭を傾けた雪チャンを目に入れつつ、なんとも言いづらそうな雰囲気を出しながら口を動かした。
「そ、それは、…えっと…。」
だってホラ、綾乃が言う必要はないし。
「俺らが言ったんや」
ね?
ぱっと後ろを見るとそこには侑士が岳人と一緒にソファーに座っていて。侑士の口元には笑みが見えるのに目は笑っていなかった。
そう言う顔が侑士の一番の顔だと思うなぁ、なんて、その顔が一番色っぽくてそそる、なんて思いながらも侑士を見つめる。
コツリ、コツリと足音を響かせながらも侑士がこっちに来る。
「えっと…?」
今だに頭を傾かせている雪チャンの目の前に来ては見下ろす侑士に、面白くって目を細めた。
「誰かさん達の悪戯が激しくってなぁ」
「…?」
「夕方はしゃーないとして、朝は綾乃以外でのマネで頼むようにしてんのや」
ガチャリ、と亮とチョタが部室に入って来て思わず目をそちらに向けるが侑士は雪チャンから視線を離さない。
「い、いたずら、ですか…?」
「そぉやー…自分の顔も見たことがないような粋がった女が多くてなぁ。顔だけじゃ無く性格も悪いんやけど。そいつらが飽きもせずに綾乃のこと苛めてくれてなぁ」
「い…いじ、め…?」
目を見開く雪チャン。
そしてその話を聞いたチョタが眉を寄せて口を開く。
「綾乃先輩がやった仕事を横取りして自分がしたように見せかけてていましたね。」
「ドリンクを頭から掛けられるなんてこともよぉあったなぁ」
「ちょ…ちょっとチョタ、侑士…」
私は2人に駆け寄り体に触れる。生暖かい体温がこちらに伝わるが、それはあちらもいっしょ。触れるだけで、自分の微かな体温を伝えるだけで「守ってやらなきゃ」なんて感覚に陥るのなんて、そんな気持ちを膨らませることなんて、綾乃は知っているの。
「綾乃は優しいからなぁ、あかんで。最初はよぉ教えとかんと。」
「そうですよ綾乃先輩。」
2人ともにこりと、穏やかな表情をこちらに向けて。
「まぁ大丈夫だろ。二人なら。」
なんて笑顔で亮も口をそろえる。
私は眉を下ろしながらオロオロと、落着きを見せないように体を揺らしながらも雪チャンを見る。
ねぇ、どう言う風に反応するのかなぁ?雪チャンは。
確か以前のマネは「そ…そうなの…大変だったね綾乃ちゃん…」なんて言っていたかしらねぇ。大根役者のその子には綾乃は笑いそうになっちゃった!そんな事言いながらも下を向いて唇を噛んでたのなんて綾乃には判ってたんだよぉ?いっちょまえに嫉妬ってやつよね?レギュラーが綾乃のこと大切に思っていること、理解してくやしかったのよね?その行動が意味することを気が付いたのは綾乃だけじゃない。気がつかなかったのはがっくんとかだけだったんじゃないかしら…?
そう言う風に、そんな隙を綾乃に見せるからゴミ箱に捨てられちゃうのにね?一回しか遊べないおもちゃなんて綾乃は好きじゃ無いんだけど。
一回で捨てちゃうのは綾乃なんだけどね。
「綾乃と仲良くしているようやけど、俺は騙されへん。綾乃はこれまで何度となく裏切られて傷ついてきたんや。」
「そうです…。それは心だけじゃ無く、もちろん体の傷だって…」
「か、体の傷…?」
目を見開いて2人を見上げる雪チャン。その表情からは驚きが見える。
「スポーツドリンクを頭から被せられるのなんて日常茶飯事。俺たちが部活の時、綾乃先輩はよくマネに切りつけられていましたね」
「その度に綾乃はマネの事を庇ってなぁ…」
「その他にクラスの女子に呼び出しも何度もありました…」
「傷が…綾乃の血を見ない日なんて無かったんや」
シン…と部室が鎮まる。
「それもこれも全部あんたらのただの嫉妬心からなんやで」
「綾乃先輩を呼び出し、数人でリンチ、それが終わった後では部活でのマネからの精神的にも肉体的にもの暴行…。貴女にこの綾乃先輩の気持ちが判りますか?!」
真っ白に握られたチョタの手。二人して同じように苦しそうな顔をして雪チャンに訴える。「綾乃に手を出すな」、と「綾乃に手を出したら許さない」と、「綾乃はこんなに可愛そうなんだ」、と。
そして雪チャン、貴女はどう行動する?
レギュラー目当てで入ってくるのが大半だったけれど、時たまレギュラー以外の目的でテニス部に入ってくるマネもいた事は居た。そう言うやつは決まって「テニスが好き」とか気持ちが悪いこと言うんだけど、その子達は綾乃に対するレギュラーの行動、新しく入ってきたマネへの同じような忠告に怪訝そうな顔をしていた。眉を寄せて大層疑問を抱いたような表情で。まぁ相手の気持ちとしては「何一人の女にそんなに振り回されているの?」って、そんな顔だった。
そう言うヤツはまぁもともと稀な種類だったけど手厚く綾乃が相手してやったけどね。結局レギュラー目当てで入ってきた女どもと同じ終末になっていたのだけど。
ね、雪チャン。
貴女はこのレギュラーの行動に嫉妬で赤黒く染まる?それとも疑問を含んだ蒼緑に染まる?
ちろり、と雪チャンに視線を向ける。
「……っ」
「「「…?」」」
何…この子…
「ふッ…ぅ…」
「お、おい…」
たまらずがっくんが雪チャンに近寄る。
「ご、ごめんなさい…た、ただ、わ、私綾乃先輩がそんな辛い日を送っていたなんてし、知らなくて…ッ」
ほとほとほとほと、大きな粒の涙がこぼれる。
「す、すいません…な、泣きたいっ…わけじゃな、くて…ほ、本当は綾乃先輩が泣くべきなんてわ、判ってる…!判ってる、んですけど…ぅッ…」
てこてことこちらに近づいてきた雪チャンはきゅ、と私の袖を握って。
「な、何でッ…何でそんなに…笑っていられるんですか…!そ、そんな辛い日を送ってきたのに…なんで…ッ!う…ぅう…」
「雪、チャン…」
何なのよこの子…!!
「ご、ごめんなさい…!わ、私何も知らずに…ぁ、あんな風に呼び出してマネ希望を伝えたりして…そんな日を送ってきたッ綾乃先輩っには怖かったですよね…!」
「ぇ…」
「大丈夫です…!これからは私が、私が綾乃先輩を守ってあげます…!絶対…ぜったいです…!だ、だから…う゛ぅう……」
「お、おい、泣くなよ…」
へにょりと下げた眉のがっくんが雪ちゃんの肩を掴んで。その肩は気にすることなくひっくひっくと揺れ続ける。
「ぁ…綾乃先輩ぃ…ふ…ぅッ…う…」
「だ、大丈夫だよっ雪チャン!綾乃は全然平気だから!
…でも、…ありがとう、雪チャン。
綾乃、雪チャンにそう言ってもらえて凄く、うれしい」
ガチャン。
あのあと無事に部活が終わって何時も通り自分の家まで車で帰ってきた。何事もないように自分の部屋に入ってガチャリと鍵を掛ける。
ゆっくり、ゆっくりと自分の机まで歩み寄り、そこら辺にあった本をゆっくりとした動作で手に取り、壁に殴り捨てた。それがきっかけのように次々そこら辺にあったものを投げ捨てる。その速さは早まるばかり。
何あれ何あれ何あれ何あれ!
ガン!
うっざい!うざいうざいうざいうざい!まじうざい!
バシッ!ガタンッ!!
私はあんたに何か慰められるような下の地位の女じゃ無いのよ!!ガッシャン!何であんたなんかに可哀想な女に思われなくちゃいけないのよ!ガァンッ!ふっじゃけんじゃないわよ!ガタッ!うざすぎ!良い子ちゃんぶってんじゃないわよ!
ガッシャァアン!!!!
「はぁ…はぁ…ハァ…」
次々に近くにあったものを部屋のあちこちに投げていたせいか近くにあった花瓶が割れた。絨毯が少しずつ花瓶から流れた水で変色を広めていく。そこらじゅうに花が広がっていて私はぐしゃりとその花を踏みつぶした。
うざい…うざいうざいうざいうざい!!!
捩じるようにその花を踏み続ける。花はすでに花であったこともわからないように花弁もぐしゃぐしゃになって見るも無残な形になっていた。
気持ち悪い…
気持ちが悪い…
何なのあの子…!
ぐしゃり、ぐしゃり、
ガチャリ、と部屋の主がその部屋を出て行ったとき、その部屋に残ったのは花弁が全て切り裂かれ、変色した色とりどりな華が床に広がっていた。
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