楽園の蕾
第9話 前哨戦の予感
「そう、そこで下味をつけておかないと、素っ気ない感じになるから気をつけてね?」

「はいっ。解りました」

先日、いきなり頼まれた蜜の願いを受け、今日は綾香の家で、お料理教室。

メニューは、鶏肉のハーブ焼きと、グリーンサラダ。

その微笑ましい光景を、ダイニングテーブルに座り眺める、京也と敬夜。

「最初は何かと思ったよ?いきなり前置きもなく『来い』だからね」

「仕方ないだろ、二人が敬夜に何も言わずに、連れて来いって言うんだからさ」

そう言って、京也は淹れたコーヒーを口に含み、飲み込む。

「それにしても、蜜が綾香ちゃんに、料理をね…」

敬夜が呟くのを気付き、

「蜜ちゃんは、料理しないのか?」

「いや、毎日、用意してくれてるよ?とはいっても、簡単な物ばかりだけどね?」

京也が尋ねると、苦笑しながらも何処か、嬉しそうな敬夜に、

「その、やに下がった姿を、客に見せたいね」

こう厭味を言う。
一瞬、眉を潜め、京也を睨んだ敬夜だったが、

「構わないよ?どうせ、彼女達は僕と蜜を見ても、仲の良い兄妹くらいにしか、見えないんじゃないかな」

皮肉な笑みを浮かべ、答えた。

「お待たせしました。出来ましたよ!」

キッチンに居た綾香と蜜が、出来た料理をトレイに乗せ、やってくる。
出来たての料理はどれも、暖かな湯気を立て、お腹を空かせた男二人には、それだけで、魅惑的であった。

『いただきます』

各々が言い、食べ始める。

「敬夜さん、それ全部、蜜ちゃんが作ったんですよ?」

鶏肉のハーブ焼きを一口、食べた所で、綾香が切り出す。
敬夜が、視線を蜜に向けると、蜜は、やたらと嬉しそうな顔をして、敬夜が食べる姿を眺めていた。

「…美味しいよ、蜜」

と、敬夜が言うのを合図に、蜜も食べ始める。



「あのですね、綾香さん」

食器を洗う綾香の横で、蜜が綾香が洗った食器を拭きながら、唐突に話し出した。

「何?蜜ちゃん」

「次、ケーキを教えてくれませんか?」

「ケーキかぁ。どんなのかな?」

「え…と、ブッシュ…何とかなんですが…」

「ああ、『ブッシュドノエル』ね?」

「はい、そうです」

「じゃあ、次はイヴの朝から、ケーキを作ろうね?」

「はい!よろしくお願いしますっ」

蜜は、小さな身体を畳むようにお辞儀をすると、太陽のような笑顔を見せた。



「…イヴかぁ。ね、とぉいちゃん」

「何だ?」

「クリスマス前後って、お仕事だよね?」

「ん〜、まぁ、多分」

敬夜と蜜を見送った後、寛いでいた京也に、何とは無しに尋ねてみる。
幾らか予測はしていたが、結婚してから初めてのクリスマスくらいは、二人で過ごしたいと想わずにはいられなかった。

不意に、二人の携帯が、同時に鳴りだす。

「もしもし、あ、蓮先…」

―綾香、今いい?

「もしもし、敬夜、どうかしたのか?」

―悪い。さっきはごちそうさま。で、今いいかな?

「うん」

―急で悪いんだけど、12月25日に、ライヴ決まったから、宜しく。

「…ああ」

―さっき、唯斗から連絡があって、アイツ、12月25日にライヴ入れたらしいんだけど、京也は仕事の都合つきそう?

「え?クリスマス?」

「は?クリスマス?」

唖然呆然とした状態で、電話を切り、二人は、互いを見る。

「クリスマス、ライヴ入っちゃったみたい…」

「俺も。今、敬夜から聞いたけど、どうやら、対バンするみたいだぞ?」

「え?」


続く。




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あきゅろす。
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