楽園の蕾
第8話 honey princess
「敬夜、ちゃんと説明してくれないか?」

「だから、そのまま受け取ってくれて構わないよ?」

「ひ『拾った』って。犬や猫じゃねぇんだぞ?」

飄々と返す敬夜に反し、京也は汗をだらだらと流して、どっちが困っているのやら解らない。

「で、ものは相談なんだけど、綾香ちゃん?」

「は、はいっ?」

いきなり話を振られて肩を跳ね上がらせる。

「実は、僕も蜜の身許が解らないんだ。だから、学校にも行かせられなくてね?それで、暫くの間で構わないから、蜜に勉強とかを教えてくれないかな?」

「敬夜、彼女の身許が解らないって…」

「京也は、ちょっと黙って」

敬夜は京也の言葉を遮り、綾香に頼む。
流石に悩む問題だ。身許の分からない少女。何かの犯罪にでも巻き込まれやしないかとも考えたが、真っ直ぐに綾香を見詰める蜜のひたむきな瞳は、何故か『大丈夫』とまで思わされた。
それに、さっきの負い目の事もある。

ひとしきり悩んで、綾香が出した結論は…。

「解りました。その代わり、敬夜さんは、ちゃんと蜜ちゃんを護ってあげて下さいね?」

綾香が、敬夜に向けて答えると、心強い味方を得た喜びで、今まで見たどんな笑顔よりも、素敵な笑顔で、敬夜が微笑んだ。


帰り際、敬夜に耳打ちする京也を余所に、蜜と挨拶する綾香。

「蜜ちゃん、今度、お勉強の実力を知りたいから、テストするけど良いかな?」

「はい。よろしくお願いしますっ」

身体を折り曲げて頭を下げる蜜に微笑んだ。

約束を取り交わし、敬夜と蜜を見送る。
途端に床に座り込む綾香を、怪訝な顔をした京也が尋ねた。

「大丈夫か?」

予測外な出来事ばかりで疲れきった綾香は、少しだけ京也に顔を見せ「うん」と返し、またうなだれた。




「あれと、それと、あ、これも要るかな?」

今日は、綾香が蜜を家庭教師する初日。
学校の帰り、駅前にある本屋さんで、蜜用の参考書を漁っていると、

「綾香?」

いきなり声を掛けられ、吃驚して振り返る。
そこには蓮が、キョトンとした顔で立っていた。


「ふ〜ん。家庭教師ね」

缶コーヒーを啜りながら言う蓮に、馬鹿にされた様で綾香は唇を尖らせる。

「どうせ、不適合って言うんでしょ?解ってますよ」

「いやいや。良いんじゃない?人に教えると、実力がつくって言うしね?」

此処は、何時も綾香達が出演させて貰っているライヴハウスの事務所。
近所だからという理由もあるのだが、何と無く居心地が良くて、つい、長居してしまう。

さっきから、今日の出演者達が引っ切り無しに出入りするのを、横目で見遣りながら、話の続きをする。

「ま、私は、実力不足ですけどね」

「あんまり椋れると、美人が台なしだよ?」

機嫌を取ろうとした蓮に、そっぽを向いてると、綾香の学生鞄から、着信を知らせる音楽が鳴りだす。

「ほら、早く出なよ」

蓮に急かされて、鞄の中にある携帯を取り出し対応する。

「もしもし?あ、敬夜さん。…え?もうすぐ着きますか?…はい。直ぐに帰ります」

通話を終わらせると、携帯を鞄に放り込み、

「ごめんなさい、蓮先輩。そういう訳なので、帰ります」

そう言うと、慌てて駆け出す。
事務所に取り残された蓮は、残りのコーヒーを全て胃の中に納めると、

「…ったく。あの娘は…」

愚痴る様に呟きながら、中身のない空き缶を置いた。




ピンポーン…。

来訪を知らせるチャイムが鳴り、綾香は玄関へと向かう。

「いらっしゃいませ。敬夜さん、蜜ちゃん」

ドアを開くと、長身で痩躯な身体を、質の良いスーツを纏わせた敬夜と、真っ赤なコートに身を包んだ蜜が立っていた。

「今日はよろしく頼むね、綾香ちゃん」

「よろしくお願いします」

丁寧な挨拶をする二人を、リビングへと通し、蜜には苺のフレーバーティー、敬夜には、淹れたばかりのコーヒーを出す。
苺の馨が届いたのか、

「そうだ、綾香ちゃん、この間はありがとう。あれから、蜜に苺を買ってあげたら、大喜びでさ」

はにかみながら敬夜が話すのを見て、綾香も嬉しくなる。

「良かったね、蜜ちゃん」

「はいっ、とっても美味しかったです」

蜜は満面の笑顔を見せて答えた。
敬夜は何かに気付いたのか「そういえば」と切り出す。

「京也は?」

「今日は、昼頃には出掛けたみたいです」

「ふぅん。京也の所も忙しいみたいだね?」

「もう、年末ですから。でも、敬夜さんも忙しいんじゃないんですか?」

綾香に言われて、敬夜は右腕に着けた時計を見遣ると、

「そうだ、僕も今日、同伴だった。じゃ、遅くなる前に迎えに来るから、良い子で待ってなよ」

立ち上がり、蜜に話す。

「はい。いってらっしゃい、敬夜」

「うん、行ってくるね、蜜」

柔らかな微笑みを蜜に向けて、慌てて飛び出して行った。

「じゃ、始めよっか、蜜ちゃん」

「はい。綾香さん」

空いたカップを片付け、さっき買っておいた参考書を元に、手書きで蜜の問題を作る。

―蓮先輩の言った通りかも。

いかに中学生の問題と侮っていたのかを思い知る。
以外と難しく、難航しそうになっていると、

「あの…、綾香さん、此処違います」

綾香が書いた問題の一つを指差し、蜜が言ってきたのだ。

「もしかして、答え解っちゃってるとか?」

「?はい」

綾香は、参考書を手っ取り早く見せ、何処まで出来るか試した。
まだ13歳と聞いていたのだが、買って来た参考書は全て解っているらしく、試しに綾香の使用している教科書を見せる。
それすらも簡単に解いてしまった為、綾香には教える事がなかった。

「はぁ、勉強は教える所ないね?」

―それにしても、この子、どんな教育受けたんだろ…?

疑問が過ぎるが、元々利発だったのだと、勝手に納得する。

「どうしようか、何にもする事が無くなっちゃったね…?」

「あの…」

躊躇いがちに蜜の唇が動き、綾香を呼び止める。

「どうかしたのかな?」

「お料理を教えてくれませんか?」

「…はい?」


続く




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