楽園の蕾
第7話 敬夜の秘密

「「拾ったーー!!?」」

「……そ」


ア然呆然しきる、私ととぉいちゃんの前で、とぉいちゃんのバンド『カタルシス クライ』リーダー敬夜さんが、こんな突飛でもない話をしたにも拘わらず、平然とコーヒーを口にしていた。


何故、こんな話になったのか。

そもそも昨日、仕事休みだったとぉいちゃんに架かってきた1本の電話から始まる――。




夕食を終え、食後のお茶をしながら、最近の話をしていた私達。

楽しい時間が過ぎるのは、あっという間で、日付が変わろうとしていた矢先。

テーブルの上に置いてあったとぉいちゃんの携帯が突然鳴りだしたのである。


「あ、敬夜なんだ?」


相手が、彼のバンドの敬夜さんだと知ると、私は空になったカップを持ち、そこから立ち去ろうとしたのだけど、


「……ちょっと聞いてみないと解らんが。
おい、綾香」


なにやら話していた会話を中断し、私を呼び止めるとぉいちゃんに、『どうかしたの?』と小首を傾げ問い掛けたのだった。


「お前、明日はスタジオないよな?」

「うん、蓮先輩に用事があって無くなったけど……」


そう答える私の言葉を聞いたとぉいちゃんは、


「綾香、明日スタジオないってさ。
……うん、まあ、断りはしないと思うが……」


『じゃあな』と、結局何の会話をしていたのかはっきりしないまま、敬夜さんとのお話を終わらせたとぉいちゃんは、


「……一体何なんだ」


と、呟いているのだった――。





そして、現在。

敬夜さんが、私に面倒を見て欲しい人物がいるという事で、とぉいちゃん達が練習しているスタジオ(実際は倉庫を改装したものだと聞いてるけど)に連れて来られた私は、先に来ていた敬夜さんの後ろに隠れるようにして立っている、女の子が居るのを認めた。

敬夜さんも、それに気付いたのか、


「蜜、挨拶は?」


女の子の背中を押すようにし、自分の横に立たせると、私達に挨拶する事を促している。

始めて間近に見た女の子は、ハニーブロンドの長い髪に、灰色の瞳を持つ、まるで、アンティークドールのように可愛らしい少女だったのだ。

おまけに、着ている服が人形ぽさを際立たせるピンクのロリータ服だった事もあり、思わず、私達は女の子を眼を見張り、見詰めていた。


「あの、はじめまして。蜜ですっ」


小さな躰を畳むようにして挨拶してくる女の子に釣られ、


「あ、ども」

「こちらこそ宜しくね」


慌ててお辞儀で返す私達。

こちらのが大人なのに、情けない挨拶をしてしまった事に、気まずさを感じてしまう。

そんな中、全く気にも留めてない敬夜さんは、


「そんな訳だから、宜しく頼むね?綾香ちゃん」


状況を完璧に把握しきってない私に、綺麗過ぎる笑顔を残し、とぉいちゃんを連れ立ち去ってしまった。


えぇ?そんないきなり!?
幾ら人見知りは激しくないけど、これはあんまりじゃあ……。


意外と押しの強い敬夜さんの行動に、困り切ってしまった私。

同じように、見知らぬ他人に引き渡された蜜ちゃんも、困惑しきった表情をしているのが見える。

本当、どうしようかと、思い悩んでいたその時。


「あ、綾香ちゃん!珍しいね〜」


背後から明るい声を挙げ現れたのは、『カタルシス クライ』ヴォーカルの唯斗君だった。


「あれ?蜜ちゃんも居る〜」

「こんにちは、唯斗さんっ」

「え?二人とも顔見知り?」


今にも跳びはねそうな二人の言葉に、私が疑問をぶつけると、


「うん、昨日敬夜から呼び出されてさぁ、蜜ちゃんの服を持ってたんだ〜」

「はいっ、このお洋服も、唯斗さんが持ってきてくださったんです」


『ね〜』と、にっこりと笑顔を交わす二人。

やはり、唯斗君も詳しい事情は解ってないらしく、『ごめんね〜』と私に零したのち、スタジオに消えてしまった。


さて、どうすれば良いのかな……?





で、結局。


「蜜ちゃん、好きなの頼んでいいからね」

「……はい」


私はスタジオから離れ、時々立ち寄るカフェへと蜜ちゃんと一緒に来たのだった。

本当は離れるのも、どうかと思ったのだけど、あそこで何時間も待たせるのも、風邪を引かせてしまうと判断した為、必要措置として来たのである。

もし、私達が居なくても、居場所は携帯があるから、すぐに解ると思うし、と安直な気分だっけど……。


クラシカルな内装で纏められた店内に座る蜜ちゃんは、必死な顔でメニューを見詰めている。

窓から差し込む太陽の光が、蜂蜜色の髪を照らして、その光景はさながら、人形を越えて天使みたいだった。


「……あのぅ、決まりましたけど……綾香さん?」

「えっ?あ、はい!?
 ご、ごめんね、決まったかな?」

「はい……。
 あの、これ、どうぞ」


まだメニューの決まっていなかった私に、蜜ちゃんの華奢な手がメニューを差し出すが。

服の隙間から覗く、その細い腕に見えた赤黒いのや蒼の痣がチラリて見えたのだ。


まさか、敬夜さんが虐待?と、考えてはみたものの、あのフェミニストな彼が、こんな小さな女の子に暴力するとは結び付かなくて、緩く頭を振って考えを追い出すのだった。


それから。私は栗のミルフィーユとダージリンを、蜜ちゃんは苺のタルトと、アッサムのミルクティーを注文して、暫く会話をする事にした。

その中で解った事は、蜜ちゃんは敬夜さんの遠い親戚だというのと、昨日から敬夜さんの所でお世話になったのだという、二つだけだったのである。

正直、敬夜さんを余り知らない私が、あれこれと探り出すのも失礼と考え、これ以上の詮索を止めた途端、頼んだ物がそれぞれのテーブルの上に並ぶ。

蜜ちゃんの前には、苺のコンポートが乗ったタルトの皿が置かれる。

それを、キラキラした目で見ている彼女に「どうぞ」と話し掛けたが、フォークを手にし、動きが固まった様に、動かなくなった。


「蜜ちゃん…?どうかしたの?」

「な、何でもないです。いただきますっ」


私が声を掛けると、あわてふためきながら答えた蜜ちゃんは、技巧ちない動きで食べだし、その不思議そうな光景を見詰めると、私も食べる事にしたのだった。




暫く蜜ちゃんと他愛もない話をしていると、とぉいちゃんから電話が掛かってくる。


「何やってんだ。勝手に居なくなって!」


第一声は怒鳴り声。

普段、余り怒鳴るなんてしない彼から話を聞いてみると、スタジオが終わって、外に出てみたら、居る筈の私達が居ない。

それで慌てて連絡を寄越したと言う事らしい。


「ごめんなさい…」


私は心配を掛けてしまった彼に、しゅん、と気落ちした声で謝ると、


「今何処だ?」


と尋ねた為、今居る場所を教えると「今すぐ行くから待ってろ」言われ、ブツッと通話を遮断されてしまう。

何故か、自分に対して声を荒げる事のない彼が見せた姿に、私の心は不安に覆われる。

それ故に、自分の行動が、周りに迷惑となってしまってた事実で、更に落ち込んでいくのだった


暫くして入り口のドアが開き、


「蜜」


と、私の目の前に居る少女の名前を呼ぶ声がし、首を動かす。

そこには、誰もが振り返る綺麗な顔(かんばせ)をした敬夜さんが、二人の姿を認めたのか、こちらに向かって歩いて来た。


「綾香ちゃん、ありがとう、悪かったね?」


眉根を歪め苦笑する敬夜さんに、


「いえ、本当にごめんなさい、敬夜さん」


私は頭を下げ、謝罪する。

そんな状況に意味が解らない蜜ちゃんは、私達を見つめ、入口付近では、とぉいちゃんの安堵した表情を認め、泣いてしまいそうだった。




それから、他のメンバーと合流し、皆で夕御飯を食べた後、敬夜さんから「話がある」と言われ、自宅へと招待すると、いきなり敬夜さんが切り出した爆弾発言に、私達は驚愕してしまったのでした。


続く




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あきゅろす。
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