楽園の蕾
第3話 triangle
打ち上げが終わると、それぞれが店の前で方々に話をし始める。

私の隣に立つ蓮先輩が、少し眠くなって、さっきからしきりに目を擦る私に声を掛けた。


「眠い?」

「ん〜。まぁ、少しだけですけど」

「どうする?帰ろうか」

「でも……」


言い淀みながら私は、ちらり と、少し離れた場所に居るとぉいちゃんに視線を向ける。

実は、打ち上げが終わったらすぐにでも帰る段取りだったのだけど、時間差で先に出た筈のとぉいちゃんは何故か、数人の女の子達に囲まれていたのだった。


「呼ぼうか?」

「いい…です。邪魔しちゃいけないし……」


別に気を遣っている訳ではないの。

ただ、自覚しているの。

同じ土俵に立つバンドマン同士、でも、お互いが異性である以上、無意味に過剰な接点は両方の人気に害を及ぼす事を。

おまけに、とぉいちゃんは今や全国でも人気を博している『カタルシス クライ』のメンバーな為、その注目度は私よりも注意しなきゃいけないのを、痛い位に理解していた。

だから……。

「ね、蓮先輩。私、先に車に戻ってるので、鍵貸してくれませんか?」


私は、先輩から銀色に光る鍵を握り締めると、ライヴハウス近くにある車へて向かうのだった。



僕は、そんな綾香をすぐさま追い掛けて、華奢な後ろ姿を抱きしめたい気持ちに駈られたが、この客の目もある状況下、無理だって事は重々承知していた。


ちっ、あんな表情をさせる為に、彼女をバンドに引き込んだ訳じゃないのに。


小さく、心の中で舌打ちすると、


「ちょっと、京也!」


女の子達にまだ囲まれていた京也に向けて、迷惑にならない程度に大声で呼ぶ。

彼女達は、まだも懸命に引き留めていたが、京也は何か彼女達に二言三言話をした後、肩の荷が降りかのような顔でこちらに向かって駆けてきた。


「蓮〜。助かったよ。アイツら根掘り葉掘り聞いてきてさ…

「京也、あのさ、綾香が居ないの気付いてる?」


僕は京也の言葉を遮り、小声で冷たく言い放つ。


「綾香?あ、そういえば居ないな…。蓮、知ってんの?」

「……」


京也は綾香の姿を捜してるのか、キョロキョロと周りを見渡す。

そんな態度の京也に対して無性に腹が立った僕は、その胸倉を掴むと、強引に綾香が歩いた方へと引っ張りながら歩きだす。


「おい!待てって!何、怒ってんだよ!?」

「五月蝿い!黙って歩け!!」


突然の事に戸惑った声を出しながらも、先輩、後輩という立場に逆らえないのか、引きずられながらも、僕の後に着いてくる。


暫くそうやって暗い夜道を歩きながら、綾香が居るであろう僕の車に辿り着くと、漸く京也を掴んだ手を離し、


「…ったく、一体何だよ?」

「中を見れば解るよ」


悪態をつき、掴まれて皺になった部分を直す京也に、低い声質で確かめるようにと促す。

やっと言いたい事を把握してくれたのか、渋々ながらも車の中を覗いた京也は、目頭に残る僅かな涙の跡を認めた途端、小さく声を挙げた。






「綾香…」


そう彼女の名前を呟いて、俺は起こさない様に細心の注意を払いながら、後部座席のドアを開く。

暖房が効いてるのか、暖かな空気が、俺に向かって流れて来て、少し車内の温度が下感じ、慌てて着ていたジャケットを脱ぐと、眠る綾香の身体に掛けてあげた。

暫くそんな光景を眺めていた俺に、


「僕は、二次会に出ないとならないから、綾香を責任持って連れて帰って。
正し、くれぐれも、客に見付からない様にして貰うよ?」


語調は柔らかなのに、声音は低く地を這い、そう言葉を放つと、蓮は一度も俺に視線を合わせる事なく、元来た道を静かに歩き出した。


……ったく、八つ当たりかよ?


そっと、遠ざかりかける蓮の後ろ姿にそう吐き出し、吐露してみせる。

俺は車の中に上半身を潜り込ませ、そっと、か細い身体を抱きかかえると、注意深く辺りを見回し人目がない事を確かめると、近くに停めた自分の車に向かって歩きだした。

満月に照らされて、真夜中だというのに明るく、二人の影が、アスファルトに長く浮かぶ。

涙に濡れた腕の中で眠る綾香に、


「ごめんな?」


届かない謝罪を呟いた途端、綾香の重く閉じられた瞼が睫毛を揺らし、ゆっくりと開かれる。


「…ん…?え?あれ?とぉいちゃん!?」


俺の腕の中であわあわといきなり暴れた為、手が滑って落としそうになるが、『大人しくしな?』と諌めると、顔をこれ以上にない位紅潮させ、急激に大人しくなってしまった。


マジで可愛いな……。


恥ずかしさで真っ赤な顔をさせ俯く彼女に、


「ごめんな、ずっと放ったらかしで。お前、ダメだもんな、一人で居るの」


眉根を微かに下げ再度謝罪の言葉を紡ぐ。

だが、綾香は僅かに頭(かぶり)を振り、呟く様に話す。


「ううん。それは大丈夫。ただ…」

「ただ、何?」


言葉を濁す理由が解らなくて、す、と覗き込むと、上目遣いで俺を見る綾香が、つ と口を開く。


「…とぉいちゃんが、余りに女の子達に囲まれてたから…」

「……………………ぷっ…っ」


余りにも可愛い妬きもちを見せた綾香の額に、不意打ちで軽く唇を捺し当て、


「お前なぁ…、あんなん営業だって。…ほんっとに可愛いなっ?」


満面の笑みを見せ答えた。

綾香はまだ何か言い足りないようだったが、そんな彼女を余所に、


「早く俺達の家に帰ろう?
少しでも寝ないと、明日が辛くなるぞ?
それに、明日から中間テストじゃなかったっけ?」


そう進言すると、綾香は思い出したように、あっ と小さく声を上げた。


「そうだった。どうしよ〜。
何にも手を付けてないよ〜」

「だったら、俺が勉強見てやるよ。
一応、先輩だし?」


綾香を降ろしながら言うと、輝くような笑顔で、


「ありがとう、よろしくお願いします、京也先輩っ」


敬礼しながら言う。

俺は、そんな彼女を眩しそうに目を細めながら見て、つん、と人差し指で彼女の額を突くと、


「『先輩』じゃなくて『旦那様』じゃないのか?」


皮肉を零した。


結局、登校時間ギリギリまで綾香の試験勉強に付き合い、身支度を済ませた彼女を見送ると、俺は眠気覚ましにキッチンでコーヒーを煎れる。

寝てない所為か、身体のあちこちが軋んだ様に痛んだが、外に出ようと決めたので、痛みを解消する事は諦めた。

キッチンに立ったまま、煎れたばかりのコーヒーを口に含む。

ほろ苦く、熱いコーヒーのお陰か、気分的に眠気が覚めたので、自室に行き、クローゼットから着替えを出す。

黒っぽいスーツに、白のワイシャツに身を包んだ俺の出で立ちは、どう転んでもホストにか見えなかったのだが、今から俺が行こうとしている場所にはラフな恰好は不釣り合いな為、泣く泣く諦める事にした。

洗面所で鏡に向かい、髪をムースで撫で付けると、鏡の中には、人気No1のホストと言われてもおかしくない姿が映っていた。


あんなきっつい仕事に戻るなんて、冗談じゃない!


そう、心の中で愚痴を零し、鏡の中の自分を指で弾くと、玄関へ向かい、先に出しておいた靴を履き、ドアを開ける


「………ぅ、わ」


もう10月になったってのに、太陽は刺す様に眩しく輝く。


「ん〜、完徹に、朝日はきっついな…」


目に痛い程の朝日を浴びながら、大きく伸びをし、呟いたのだった。


続く。






[前へ][次へ]

3/100ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!