朧月
「あ、酒がない」
ケロッとした顔で京也が話す。
…って、あれだけ呑んで酔ってないって、どれだけの蠎(ウワバ)みなんだか…。
僕は、フローリングの床に転がる数本の酒瓶を横目に眺め、息を落とした。
「じゃ、僕が買ってくるよ。二人に任せたら逆に遅くなりそうだし…」
「は?どういう意味だ?」
京也は僕が皮肉を言ってるのに気付かず、怪訝な表情を浮かべる。
「二人共、買い物に行って、ただ、買い物するだけに留まらないからね」
そう言葉を濁し、京也の家を後にした。
京也の住むマンションから、さほど遠くないコンビニまで徒歩で向かう。
一応、アルコールが入ってるし、夜風が心地良い事もあり、車は必要ないだろう。
「…恋…ね」
僕は、さっき敬夜が言った言葉を呟く。
感情は近しいと思う。
焦がれる気持ちとか、求める思いとかは、恋のソレと同意だと、僕自身も思っていた。
「恋…か…」
ふ、と上げた頬に、夜風が優しく通り過ぎる。
梅雨も終わり夏真っ盛りな筈なのに、肌に触れる風は爽やかで、さわさわと僕の髪を悪戯に過ぎて行った。
空には朧月。
届きそうで届かない霞掛かる月は、まるで彼女みたいだと、僕の口許には嘲笑が浮かぶ。
「…早く、バンドしたいなぁ…」
「……飴屋…先輩…?」
ぽつり、と空を仰ぎ、呟く僕の耳に、涼やかな声が僕の名前を紡いだ。
「…………綾香ちゃん…?……」
ほの暗い月に照らされ浮かぶのは、僕が歌姫にと、欲して止まない少女、緋鷺 綾香だった―――。
続く。
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