決めた理由
「ほら、綾香ちゃん。うちのデモ聴いてみてくれる?」
「嫌です。結構です。お断り致します!」
「そんな事言わないで、ほら」
「押し売りお断りーーっ」
半ば綾香は中等部の廊下で雄叫びを上げ、走り去る。
ほぼ、毎日こんな事が行われている為、他の生徒達は「またやってる」と囁くのであった。
「…良い加減諦めたら?緋鷺さんもいい迷惑よ?」
僕にそう言いながら、元彼女の保健医は呆れた声でコーヒーの入ったマグカップを差し出した。
それを受け取り、ふう、と息を吹き掛ける。
と…。
「飴屋君、相変わらず猫舌よね」
元彼女は、僕に向けて話すのを、
「適温が低いだけだよ」
僕はぼやいてみるのだった。
「…で、そんなに緋鷺さんの歌って良かったの?」
「聴いた事ないの?」
「え、えぇ…」
じゃあ…、て事は、僕が彼女の歌を聴いたのって『運命』とか?
「…いや、それはないから」
と、元彼女は僕のモノローグにツッコミを入れる。
「飴屋君、今、思い切り口にしてたわよ?」
ぽんぽんと僕の頭を軽く叩き、元彼女は嗜めた。
「…ま、まあ、取り敢えず、彼女の声って細いのに、何処か芯があるんだよね」
うん、これは嘘じゃない。
確かに初めて聴いた『アリア』は、僕にそんな印象を抱かせたのだから。
ただ…。
彼女の人形の様なルックスに惹かれたのも嘘じゃない。
天野可淡の人形の様な、身体は冩世(ウツシヨ)にあるのに、心は何処か知らない世界を映しているかに見えた彼女。
そんな彼女が紡ぐ世界に、僕の作ったメロディがあったなら、至極嬉しいと思う。
だから、一度だけでも聴いて貰いたいのに、ことごとく逃げられちゃうんだよね…。
だが、簡単に引き下がらないんだよね。
ふふふ、と含み笑う僕を見て、元彼女は、
「やだ、熱でも出たのかしら?」
訝りながら、僕の額に手を置いた。
続く。
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