持久戦
ぶっちゃけ、この時、僕の頭の中に浮かんだのは『運命』の2文字だった―――。



「…綾香ちゃん?何でこんな所に…」

ぽかんと間抜けな顔をして、僕は彼女に問う。

正直、そこに居た彼女の姿は、夢か幻だと思っていたから。

「あ…の、私の家、この近くで…」

ぽつり、と返された言葉に、漸く夢でも幻でもないと、知る事が出来た。

「所で」と小首を小さく倒して僕を窺う彼女。

最初の頃よりは、警戒心が薄れてきたのかな。
以前よりは、ちゃんと僕の顔を見て話してくれる事が、凄く嬉しい。

「飴屋先輩って、お家昭和区でしたよね?」

「うん、そうだよ。こっちにツレが居て、遊びに来たんだ」

出会った頃に会話の中で話した些細な内容を憶えてくれた事に意味もなく、浮足立つ。

「綾香ちゃんは何処かの帰り?」

「いえ、今からコンビニに行こうかと」

「じゃ、同じだ。一人じゃ危ないから、一緒に行こうか?」

「え?」と戸惑う彼女の横に並び歩き出す。



さっきまでは遠いと感じていた彼女の存在が、今は凄く近く感じる。

まるで静寂に満ち満ちた夜道に、僕の心臓が高鳴っているのが、聞こえてないよね?


僕はそっと、隣を歩く彼女を並び斜めに見る。

月に照らされ、光の輪が浮かぶ手入れの良い髪が、風に靡く。

薄い肩の下に、小さな膨らみが二つ。

上から見てる限り、意外と…ある?

……そして、無言に時間は流れるのを、苦痛に感じる所か、寧ろ心地良い。


ああ…、やっぱり、彼女にヴォーカルやって貰いたいなぁ…。


「綾香ちゃん、歌…好き?」

歩く足音しか聞こえない夜道を、唐突に遮る様に問い掛けた。

「…好きです。何と無く解放された気分になるし…」

はにかんだ様な彼女の声に、僕の心は逸る。

本音を言うと、このまま彼女の意思関係なくヴォーカルにしてしまいたい。

多分、他の子だったら有無を言わさずに、引き込んだと思う。

だけど、彼女にはどうしても出来ない。

無理矢理に行動を起こしたら、絶対に彼女を壊してしまいそうだったから。


…まぁ、僕と喋ってくれる様になっただけでも、一歩前進ってコトで、気長に待つ事にしよう。
その間に、彼女が歌える曲をストックしとけば良いんだし…。


僕は隣を歩く彼女の今後を考え、持久戦と決め込んだのだった。


続く。

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あきゅろす。
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