愛玩乙女
第19話 悪夢、再び
最近、誰かの視線を感じる事が少なくない。

何度も気配を感じて振り返るが、そこには影一つもなく、不思議だった。



「誰かが見てる?」

蜜は学校から帰ってきたその足で、敬夜が就寝している寝室へと向かい、起きぬけの彼にその出来事を話す。

「そう。でもね、振り返ると誰もいないの」

「……誰も?」

「うん」

コクンと頷く蜜の蜂蜜色の頭を撫で、

「最近、送り迎えしなかったけど、明日から暫く僕の車で登下校する事、いいね?」

断れない様に告げる。

「でも……」

「解ったね?」

「……はい」

困惑しきる彼女に、敬夜は追い討ちを掛けると、蜜はコクンと、小さく頷く事しか出来なかった。



「じゃあ、行っておいで?」

「行ってきます……」

翌朝。

敬夜は正門前で蜜を下ろし彼女にそう言うが、しょんぼりと元気なく返され、思わず苦笑を浮かべ、

「またね?帰り頃には此処に居ると思うから」

手を振り見送る敬夜に、「はい」と蚊が鳴いてる程の小さな声で蜜は返事し、とぼとぼと校内へ歩いて行く。
そんな後ろ姿を見送り、敬夜はそっと溜息をしてから、車を発進させた。



『……お嬢ちゃんを付け回す奴が居る?』

「はい、そうみたいで」

『勘違いとかじゃないのか?』

「さぁ、僕には解らないのでなんとも…」

『……誰なんだろうな?一体」

「もしかして……あの女が……?」

どうも心配になった敬夜は、相談に乗って貰おうと、自分の働く店のオーナーである、東條 朔に電話をし、その事を告げたのだが、ふと、頭を過ぎったのは、今年の頭に蜜を拉致、監禁した上、あの綺麗だった蜂蜜色の髪を切った女、ミクの存在。

『………だとしたら、お前、どうするつもりなんだよ?』

「……………………………さぁ……」

『『さぁ』って、まさか、父親の権力を使うつもりじゃないんだろうな?』

朔の口から出された『父親』と言う言葉に、一瞬、肩を跳ねさせたが、すぐに冷笑を口許に讃え、

「『あんな奴』の力を行使しなくても、僕は僕自身の『権力』であの女を消す事位、簡単に出来ますよ?」

『………』

朔は、電話口から聞こえる鋼の様な鋭く冷たい敬夜の声に、何時もと違う『何か』を感じ背筋に冷たいものが走っていった。

『………敬夜』

「はい?」

『頼むから、馬鹿な事だけはしてくれるなよ?お嬢ちゃんの為にも、お前の為にも、……それと、うちの愚弟の為にも、な』

「くすっ………はい、頭の隅にでも憶えておきますよ」

『絶対にだぞ?』

「解ってます」と言って、朔との通話を切り、小さく溜息を吐く。

「蜜の為にも、僕の為にも、ね。解ってますよ、朔さん……」



「蜜ちゃん!」

「あ、綾香さん」

昼放課、教室で次の授業の準備をしている蜜に、綾香が声を掛けてきた。

本人に自覚はないのか、教室に居る生徒達から、憧れの眼差しを集めているにも拘わらず、真っ直ぐ蜜の元へやって来て、

「あのね、この間、敬夜さんと蜜ちゃんがうちに来た時に、敬夜さんコレを忘れていったみたいなの。蜜ちゃんから渡してくれると嬉しいな?」

蜜の掌に落とした物。
それは、いつも敬夜が愛用していたブレスレットだった。

「はい、必ず渡しますね?」

そう蜜が返事をしたその時、

『中等部、1-Cの宮城 蜜さん、至急事務室へ来て下さい。繰り返します……』

教室のスピーカーから、蜜を呼ぶ放送が掛かる。

「あの、呼ばれているみたいなので、行ってきますっ」

「はい、じゃあ宜しくね?蜜ちゃん」

「解りました」

綾香は大きく手を振り蜜を見送った。



事務室へ行くと、『家人が忘れ物を届けに来た』と告げられ、蜜は敬夜が待つ場所へ向かう。

柱の影ではっきりしなかったが、確かに人の姿を認めた蜜は嬉しくて、

「敬夜っ」

と言って駆け出す。

だが、いきなり背後から現れた大きな掌が、蜜の口を塞ぎ、暴れ抵抗する時間さえも与えられる事なく、意識がストンと落下する様に落ちていった――――。



――RRRRRR……――

敬夜は放課後、正門前で蜜を待っていたが、下校時間はとっくに過ぎたにも拘わらず出て来る様子のない蜜に、何度も電話するも、一度として繋がらない。

「何故…出てくれないんだ、蜜…」

焦燥感に駆られている敬夜の車のウインドウを叩く音がし、俯いた顔を上げると、そこには昼間会話したばかりの朔が居たのである。

「どうした、顔色が真っ青だぞ?」

「もしかしたら、僕の嫌な予感が当たったかも知れません」



「……ぅ……ん……」

蜜は重く閉じた瞼をゆっくりと開く。

眼の前には、真っ赤なハイヒールを履いた二本の細い脚が見える。

「起きた?『お人形さん』?」

聞き憶えのある冷たい声に、蜜は恐怖を感じ慌てて飛び起きようとするが、何か薬を嗅がされたのか、頭の中はぐるりと回り躯が言う事を聞かない。

「良く効いてるんじゃぁない?その『お薬』。ほら、だんだん躯が熱くなってくるわよぅ?」

「…っ、……どう……して…、こんな…事…する……で…す……か…っ」

荒くなった息の合間を縫い、眼の前に立つ女性に蜜は尋ねる。

女性は何も答えず、ドアに向かって「入って来ていいわよ」と告げると、ホスト風の男性が3人嫌な笑いを浮かべ入って来るのを、蜜は、ぼんやりとなった視点で見詰めたのだった―――――――。


続く。

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あきゅろす。
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