愛玩乙女
第14話 変異
「…じゃあ、行ってきます!」

真新しい制服に身を包み明るい笑顔を見せる蜜に、釣られる様にして笑顔を返す敬夜。

「忘れ物はない?」

「え…と、うん。大丈夫みたい」

「じゃあ気をつけて行っておいで?」

見送る敬夜に微笑って見せて手を振る蜜の手を取ったかと思うと、敬夜は強引に引き寄せ唇を重ねる。

「……ぅッッ」

突然の彼の行動に戸惑う蜜。





思いが通じたあの夜、敬夜から唐突に切り出された内容に、蜜は驚愕してみせた。

「……がっこう…?」

「そう、蜜も会った事あるよね?僕の勤務先のオーナー。あの人が、蜜を学校に行かせたらどうかって言ってるんだけど…」

「…学校…」

まるで馬鹿の一つ覚えみたいに反芻し続ける蜜の姿を微笑みながら見詰める敬夜。

「行きたい?」

敬夜が蜜にそう問い掛けると蜜はこくんと小さく頷く。

だが、僅かに悲しそうに蜜は敬夜を凝視しながら問い質してきた。

「敬夜は淋しくない?」

「え?」

蜜の一言に敬夜の心臓がドキリと高鳴る。

今まで殆ど蜜と離れる事のなかった敬夜の本心を見透かした様な蜜の言葉に、思わず狼狽えてしまう。

「…大丈夫…だよ?それよりも蜜は僕と離れて寂しくはない?」

誤魔化す様にして蜜に問い掛けると、

「本当は凄く寂しい。でも、オーナーさんも敬夜の為に言ってくれてるみたいだから、頑張ってお勉強してくるね?」

「……朔さんが?どういう事?蜜」

ほんの少しだけ寂しさを残しなから微笑う蜜の言葉の意味が理解出来ず彼女に尋ねた。

「だって、このままずっと私が学校にも行かずに敬夜と一緒に居る事で、敬夜の自由とかを私が奪っちゃう。そうなると、私達上手くいかなくて、これからもずっと一緒に居れなくなるよ。…そんなの、私も嫌だし、敬夜も…嫌…だよね?」

「…それは勿論。でも、僕の自由を蜜が奪ってるなんて事はないよ?」

「うん、ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。大好き」

にっこりと笑う蜜の姿は、これ以上何を言っても自分の意思を曲げる事はないと、示している様だった。

敬夜は、ふぅ、と溜息をし、頑固な蜜に折れる形となる。

「じゃあ、朔さんに『学校に行きます』って伝えるね?」

「うん!」

半ば諦めた様に敬夜が話すのを、蜜は大きく頷き肯定してみせた。





「……ふ…ぅんッ」

敬夜との口付けから必死で逃れ様と疱くが、強く抱き締められた腕は容易に解く事は出来ずにいた。

暫くして唇が離れた途端、脚に力が入らなくなった蜜は敬夜にしがみつく様にして凭れると、苦しげに息をつく。

「…蜜、急がないと遅刻しちゃうよ?」

「………」

「蜜?」

「……こんな事…されたら…、離れるのが寂しく……なっちゃう」

息を継ぎながら話す蜜の顔を覗き込むと、赤い顔をして潤んだ瞳が上目遣いで見詰める彼女が訴えるのを、敬夜はにこやかに微笑い話す。

「だったら、学校まで送り迎えしてあげようか?」

「え……いいの?だって敬夜、お仕事から帰って来たの遅かったから、眠いでしょ?」

「平気。そんなに無理してないから。もしかして、僕が迎えに行ったりするの…嫌…とか?」

「ううんっ、そんな事ない!」

首をブンブンと激しく振り否定の言葉を吐く蜜の頭に軽く手を置いた敬夜は、

「車の鍵を持って来るから、そこで待ってて?」

蜜にそう告げると奥に行ってしまった。



その後ろ姿を見る蜜。

「……ふぅ……」

本当は学校なんて行きたくない…。
だって、私は『普通』と違うから。
だけど敬夜の為に私はドアを開くの。少しでも敬夜に迷惑になる事を避けたいから。

蜜は本音を心の中で重く零す。

無理もない。いきなり見知らぬ他人に『学校に行かないか』と問われても、敬夜の将来の事を考えると、反論できない。

もしかして、自分にこんな提案をしてきた敬夜の勤務先のオーナーは、自分達を引き裂こうとしているのだろうか。

悶々と後ろ向きな考えを張り巡らしていたら、

「蜜、お待たせ」

さっきとは違う装いをした敬夜が車の鍵を手に戻ってくる。

「敬夜、どっか行くの?」

「別に。蜜を送るだけだよ?」

蜜は疑問を口にするとあっさりとした返事が返って来た。

「…でも、どうして…」

「ああ、何で着替えたかって?」

敬夜が蜜の疑問を口にすると蜜から鞄を取り上げ、理由を述べる。

「あんまり理由らしい理由はないんだけどね。取り敢えずは威嚇かな?」

「『威嚇』?」

「そ。『蜜は僕のものだよ』ってね」

小首を傾げる蜜の言葉に、敬夜は企んだ様な笑顔をしながら話したので、蜜は、敬夜が意外に独占欲が強い事に、どうしても笑いが堪えきれず、吹き出してしまう。

「ほら、笑ってないで行くよ。本当に遅刻しちゃうから」

「は〜いっ」

拗ねる様に話す敬夜に元気良く返事してみせると、彼の腕に自分の腕を絡ませ笑顔を見せた。





学校の正門の前に車を停車させると蜜は車から降り、敬夜が居る運転席へ回る。

「此処がそうなの?」

腰を屈め敬夜に視線を合わせ話す蜜。

「そ。結構自由な学校だよ?」

「敬夜は、此処に通ってたの?」

「ううん。此処にね、蜜も良く知ってる人が通ってるんだよ。……あ、ほら」

「来た」と敬夜は指差しながら蜜の向こうを示す。
蜜は腰を伸ばし振り返り、こちらに向かって来る人物の姿を認めると驚きに満ちた表情となる。

「綾香さん!?」

綾香は、二人の傍まで駆け寄り息を整えた後、にっこりと笑い挨拶をしてきた。

「おはようございます敬夜さん。それから蜜ちゃん。今日から同じ学校だね?」

「はいっ。宜しくお願いします」

躯を二つに折り曲げ綾香に返し、微笑む。

「じゃ、蜜。先に行っててくれないかな?僕は車を駐車場に入れてくるから」

「あ、うん」

敬夜は蜜にそう告げ、車を校内へと滑らせて行ってしまう。

「蜜ちゃん行こうか?色々案内してあげる」

「解りました。綾香さん、ありがとうございます」

敬夜の走り去って行く車を見送っていた蜜を呼び止め誘う。
蜜は綾香に躯を向けると、軽くお辞儀してみせた。


続く。

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