愛玩乙女
第1話 雨と死神さん *
夜なのに、お昼のような明るさを見せる繁華街。
「……もう…やだぁ……」
私は、疲れきって冷えた躰を休めようと、細く暗い路地に入り、自分の身を隠すようにしてしゃがみ込んだ途端、嘆きの言葉が出てしまいます。
それに、お家を出てから、気を張っていた所為でしょうか。
季節は11月だというのに、薄着な上、夕方から降り出した雨は、私の着ている薄汚れた黒のジャージワンピースに染み込んで、体温を奪っていくのを、今更ながらに知るのです。
おまけに、何度も振り返りながら逃げていた事もあり、掌や、膝小僧には擦り傷が沢山あって、乾いた黒い血がこびりつき、雨粒が触れた瞬間、ズキンと痛みを走らせました。
「……ふぇ…痛いよぅ……」
膝を抱え、降り注ぐ雨の中、色んな感情が頭を巡り、眼の端から涙がふつふつと溢れてしまいます。
もう、私はお家に帰る事は出来ません。
だって、自らの意思で出て行き、こうして逃げているのですから……。
だから、淋しくても、傷が痛くても、泣いてはいけないのです。
ちゃんと、涙を拭いて、見付からないように生きていかなきゃ……。
そう、唇をきゅっ、と噛み、決意をしたその時―――。
「君、風邪ひいちゃうよ?」
唐突に耳に響いてきたのは、低いテノールの声。
「……っ」
余りに急な出来事に、私は顔を上げ、逃げようと腰を浮かせますが、声の主さんの容姿を見た刹那、固まってしまったように、動けなくなってしまいました。
その方は、真っ黒い細身のスーツの中には薄いブルーグレイの無地のシャツ、細いネクタイはきゅっ、と締められて、スーツ全体を黒いロングコートが覆って、時折吹き込むビルの冷たい風が入ってくる度に、裾が軽やかに翻されます。
それから影を具現した黒い傘。
ぜんぶ黒づくめ。
私は、その方を姿を瞳に映した途端に思い浮かんだのは、
まるで、死神さんみたいです。
私をお迎えに来たんですね、きっと。
やっぱり、私は生きてちゃいけなかったんですね……。
自分の人生が終わる事に対しての悲嘆の言葉。
「……?」
死神さんは、真っすぐ見ている私を不思議に思ってか、微かに首を横に倒して、眉を寄せられていました。
軽く色を抜いた茶色の髪が、サラサラと揺れ動き、その合間合間から覗く暗い色をされた瞳は、どこか生気なく、まるで、生きたお人形みたいです。
それに比べて、私の姿はなんて醜いのでしょうか。
汚れたお洋服から覗く膝小僧は擦り剥けて汚く、顔も痣だらけで腫れててみっともないです。
こんな綺麗な死神さんには、自分の醜悪な姿を瞳に映さないで欲しい。
ですから―――。
「……見ないで…くださ……」
今まで真っすぐに捉えていた死神さんから逃げるようにして視線を外し、雨音に掻き消されてしまう程の小声で懇願しました。
「…ん?何か言った?」
「こんな汚い私を見ないで。お願いします…」
最初の言葉は届いていなかったのでしょうか。
すぐさま死神さんは、私に問い質し、私を覗き込むようにして身を屈められました。
なので、今度ははっきりと、先程よりは大きめな声でお願いします。
すごく恥ずかしいです。
普段から大きなお声で話してはいけないと教えられていましたので、今、自分が出した声量に驚きを隠せません。
私は余りに恥ずかしくて、抱えた膝と、胸の間に出来た隙間に顔を隠し、死神さんの真っ直ぐ見詰めてくる視線から逃げ出します。
私の顔も躯も、痣や傷だらけで、とても綺麗と呼べる代物ではなかったから。
ふっ と、躯を濡らす雨が遮られ、すぐ傍で温かな人の気配。
どうやら、彼が跪ついてるようです。
「顔を上げてごらん?」
私は無言で首を否定の意味に振りました。
「大丈夫、君は綺麗だよ」
嘘つき。
だって、私はこんなに醜い。
――ふわ…。
頭を抱えるように、私の躯は何かあったかいものに包まれたのです。
「大丈夫。君はとても綺麗だよ」
私の耳元で囁く様に響く低い声に、ぞくぞくとなり、顔を上げると美貌の彼の微笑みが居ました。
「ほら、やっぱり綺麗だ。
どうして、自分を綺麗じゃないと、思っちゃうのかな?」
そう言いながら、彼の細長い指が私の雨に濡れて冷え切った頬に触れます。
そこだけが、熱を持った様に熱くなり、不思議な気分になってしまう。
そして彼の睫毛で伏せ気味な琥珀色をした瞳が近付いて、どんどん近付いて…。
「!!」
唇を塞がれました。
「…んっ……ぅ…」
吃驚して眼を大きく見開きます。
何…なんで?
――…くちゅ……。
私の口腔の中を、彼の舌が淫らに蠢き、私の舌に絡ませました。
その度に、唾液の混じり合ういやらしい音が耳に届き、恥ずかしくて、逃げ出したくなるのです。
「…ぅ…ぁ…ん…ッ」
微かに唇が離れると漏れる吐息が、自分のものではないみたい。
躯の芯が、じんじん と痺れ、頭が朦朧としそうになった、その瞬間。
彼の指が、私の躯に張り付いた濡れたスカートの中を這うように奥へと進め、下着の上からその細い指が、つ となぞります。
「…ふ…ぁ…」
私の躯が、無意識にぴくってなります。
彼が触れた部分から、全身に波紋が拡がるように、今まで知らなかった快感がおしよせてきました。
耳元に寄せられた彼の唇が、熱く囁く。
「…クス…ッ、…濡れてる…。
もしかして、感じてるの?」
「ち、ちが…、雨に…濡れて…あぁ…んッ」
彼の指が、下着の脇から入り、硬くなった蕾を直に触るから、まるで自分じゃないみたいな声が、無意識に出てしまいました。
「…や…やだぁ…」
「止めていいの?…ホントに?」
――…くちゅ…ん…。
「…ダメぇ…んぁ…っ」
彼にしがみつき唇を噛むけど、どうしても出てしまう喘ぎ声は、自力で止めれず、呼吸が浅い所為か、頭の中は次第に、なんにも考える事すら出来ません。
さっきまで、あんなに冷たく感じた雨は、遮る術も知らず、お互い雨に濡れたまま、行為に耽ります。
「…挿れる…よ?」
そう、耳元で告げられた瞬間、
「…いやぁ…、だめぇ…」
と、懇願してみたが、いつの間にか露になった彼自身の上に、軽々と抱えられた私の躯は、そそり立つ彼の楔を受け入れるように、私の胎内へ引き裂く程の痛みと共に、挿れられた。
「…ッ、…ぃ…たい…よぉ…」
「…ちょっとだけ、我慢して。
直ぐに悦くなるから…」
そう言うと、彼は私の内に自身を更に深く穿ちます。
滑る様に入る。
すると、躯の真ん中から裂かれるような痛みは、波濤の様な快感へと、ゆっくりとだが、変化していきます。
「…んぁ…、んんっ、…あっ…っ」
突き上げられてく度に、押し寄せてくる、理解出来ない初めての感覚に、声だけが反応しているみたい。
私は向かい合う彼の首に、これ以上はない程の力でしがみつき、固く瞼を結ぶ。
苦しげな彼の息遣いが聞こえる。
ゆらゆらと揺れる私の躯の内から、何かが溢れ始め、それはだんだんと頭のてっぺんまで来ると、真っ白に弾けました。
「…く…ッ…」
彼が詰まった様に言った次の瞬間、私の内に、脈打ちながら何かが注ぎ込まれます。
彼は寒いのか、何度か、ぶるっ と震えた後、私を強く抱きしめてくれました。
「…ゴメン…、胎内に出しちゃった…」
苦しいのか、浅い呼吸を繰り返しながら、私に謝ってきます。
そう言われても、理解できない私は頭(カブリ)を振って返しました。
暫くすると、彼の楔が私の胎内から抜かれて、漸く、彼の言った意味みたいなものを理解する事ができました。
脚を、白と赤が混在したものが惜しむかのように、ゆっくりと流れていきます。
それは、どうやら、私と彼が繋がっていた辺りから流れだしているようでした。
乱れた私の服を直しながら、彼は眉根を下げ、話しかけてきました。
「僕もそうだけど、君も濡れちゃったね。それに、ボロボロだしね、君の服」
そう言われて、自分のみそぼらしさに赤面し、逃げ出そうとしますが、膝に力が入らず、カクン と、崩れてしまいます。
「ほら、逃げなくてもいいから。
君、親から逃げて来たんだよね?」
「……どうして?」
『解るのでしょうか?』と言うつもりだったのですが、不意に彼の柔らかな唇が私の唇を塞ぎ、続きを言う事が出来なくなりました。
「大体ね。君、そんな恰好だし。
僕も、似たようなものだから…ね」
「……」
「…一緒に…来る?」
「…え?」
唐突に申し出されたその問いに、私はア然となります。
「おいで。僕が、これから君を抱きしめてあげるから……」
「…っ」
翼の様に広げられた彼の両腕は、まるで天使に見えて、私は、その胸に飛び込み、抱きしめました。
彼は、私の髪を撫でながら、
「そういえば、君の名前、教えてくれる?」
そう、私の名前を尋ねてきます。
ですが、私は私の名前が嫌いでした。
だから、
「…貴方がつけてくれますか?私の名前」
そう懇願ししました。
彼は私の髪を一束手にし、キスをすると、命を吹き込むように告げます。
「じゃあ、『蜜』。こんなに綺麗な蜂蜜色した髪してるから」
「蜜…」
「気に入った?」
「はいっ」
「じゃ、これからよろしく。僕は敬夜(タカヤ)だよ」
敬夜は、私に名前を教えた後、私を抱き抱え、
「行こうか、蜜」
とても綺麗な笑顔を見せ、歩き出します。
ずっと冷たいと思ってた雨は、温もりに満ちて、私達の頭上に優しく降り注いでいるのでした。
続く。
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