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ノベコン
Rosa・Pendientes
鬱蒼とした森の先には街を見下ろす小高い丘があり、その丘の頂上には大きな一本の木が、枝を大きな腕のように伸ばしてそびえ立っていた。
その木の根本で男が一人、座り込んで空を見上げている。

――この澄み切った碧落の彼方にはまた、戦が私を待っているのか……。

春の朗らかな陽気のなか、木々のざわめきを耳に、男は顔をしかめた。

この国はあっちでもこっちでも戦争を始めている。
いつ終わるとも知れぬ戦は、断続的にだが、十数年にわたって続いていて、国力は疲弊していた。

――だがまだ彼らは、自然の本当の力を知らない。

この世には魔法が存在する。
だがその魔法は自然を喰らって発動するもので、過度に使用しては自然が崩壊するだろう。
もし彼らが魔法の存在に気付く事になれば、この世から自然が消滅するだろう。
自然の守り人として、気付かれる前に戦争を終わらせなくてはならないと、男は思っている。


ふと、木漏れ日の眩しさを右手で遮ると、中指にはめられた紅玉の指輪が目に止まった。
守り人の証である。

――そういえば、今日はまだ“彼女”を見ていない。

男が立ち上がり黒いズボンについた埃を払っているたところ、背後からの足音に振り返る。
「こんにちは。
よく、お会いしますね」
透き通った声の持ち主は、男を見て微笑んだ。

「この木は、私の家が代々保護していた木なのですが……。
昔はこの時季、綺麗な花を咲かせたそうです」
言いながらその人は巨木の幹に手をかけた。
短い黒髪のあいだから、時折鴇色の耳飾りが揺れる。
「もう、誰もこの木の名前を知る人間はいなくなってしまいました……。ですが貴方はご存知なのでしょう?」
「さて……私は唯の軍人ですよ、お嬢さん。
この木の事も、貴方の事も、何ひとつ知らない……」
「そうですか。
でも私は貴方の事を知っています。貴方のなさっている事も……だから私は貴方の部下になるんです」


再び彼女と出会ったのは、新に派遣されて赴いた戦場でだった……。
彼女も自分の使命の為に、戦争をいち早く終わらせようとしていた。

だが戦争は非情だ。
いくら必死に戦っていても、終わる事を知らない。
戦っても、戦っても、戦っても……。
何も知らない本国の政治家達が勝手に戦線を広げていく。

――……そうだ。
戦線を終わらせるには、軍人ではなく政治家になるべきだったんだ。

男が気付いたときにはもう、同じ思いで戦う人間はまわりにいなくなっていた。
あの、鴇色の耳飾りの彼女も。


――あの木の下でまた会おう。


最後には皆、同じ言葉を残して逝った。


いつ戦争が起きたのか、皆が忘れた頃。
やっと敵国の降伏によって終戦をむかえた。
だが、男の心には蟠りが残っている。

――この国はまた、すぐに次の戦を起こすだろう。
……そのとき、自分には何が出来るだろうか。

考えながら足をむけたのは、あの丘だった。
一歩一歩、森の柔らかい土を踏み締めるごとに、消えていった戦友の事を思い出す。


そしてあの巨木のある頂上にたどり着くと、男は目を満月のように丸くした。

枝一面に鴇色をした小さく、可憐に咲いた花をつけている大きな木がある。
その花が、一陣の風に煽られ宙に舞う。

「……さくら……」

男はその木の名前を呼んだ。
今は殆ど咲く事の無い花で、誰もが忘れてたしまった名前だった。

――あの木の下でまた会おう。

散っていった戦友達が見せてくれたのだと思う。

その桜は一日だけ、生き残った男の為だけに花を咲かせた。

――……エル……。

男は自分の名前を呼ばれ、振り返った。


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あきゅろす。
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