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ノベコン
水無月
金賞受賞「鬼」
水無月


佳代が爺に出会ったのは、ほんの一時間ほど前のことだった。しかし、だからといって爺が佳代に出会ったのも、一時間ほど前のことだとは限らない。
 出会いとは存外そんなものだ。
 佳代が爺に出会った時、爺は駅前広場のベンチに座り、ぼんやりと人混みを眺めていた。浅黄の着物を着た爺の体の向こうには、薄らとベンチが透けて見える。
 佳代が駆け足で近づくと、気付いた爺は優しそうな笑みを浮かべた。
「おや、お嬢さん。可愛いべべを着て、どこへ行きなさる?」
 佳代の着ている服は、ついこの間買ってもらったばかりの余所行きだった。白いブラウスはお母さんが、薄桃色のスカートはお父さんが選んでくれた。
「どこだかわかんない」
 佳代は爺の隣に座ると横を向く。すると今度は爺を透かして、通りを歩く人が見えた。
「おじいさんはお化けさん?佳代もおじいさんも、お化けさん?」
「ああ、そうだよ。二人とも亡者じゃ」
「ふーん」
 佳代は前を向くと足をぶらぶらさせた。目の前を沢山の忙しそうな足音が過ぎていく。
「ふーん」
 それで誰にも佳代のことが見えなかったのか。それでお父さんもお母さんも、あんなに泣いていたのかとぼんやりと思う。
 佳代が視線を下ろすと確かに、脚を透かしてベンチと地面が見える。それに佳代には影が無い。だから佳代もそんな気はしていた。でも応えてくれる者は誰もいなかった。
「……あっ」
 人混みに視線を戻すと、一人の女が怖い顔で佳代たちを見ていた。爺と同じような濃い灰色の着物に茶縞の帯を締め、黒い羽織を身につけている。佳代がその人を女だと思ったのは、結った髪に赤い玉の付いた簪(かんざし)をさしていたからだ。
「おじいさん、あの人」
 こっちを見ているよ、そう言おうとして口をつぐんだ。急に強い風が吹いたかと思うと、煙のように女が消えてしまったのだ。
「お嬢さん、わしのことは爺と呼べばよい。それで、なんだったかな?」
 佳代は、うんと頷くと、女がいた辺りを指差す。
「あそこに、赤い髪飾りの人がいた」
「……ふむ。灰色の着物かね?」
「うん」
 佳代が答えると爺はもう一度、ふむと言って立ち上がった。
「そやつは、さきという鬼じゃ。女子(おなご)のくせに男のような姿をし、刀を持っておる」
「鬼さん?」
「うむ。鬼とは人を恨んで死んだ人間がなるものでな、他の亡者を喰らうのじゃ。亡者は四季が移ろい時が流れても変わることはないが、鬼は亡者を喰らわねば存在できぬ。だからここから離れたほうがよいのう」
 ほれ、と出された爺の手を取ろうとして、佳代の動きが止まる。爺の足元に、佳代には無い影が見えたからだ。
「影」
「ん?そうだそうだ。鬼にはの、影がある。だから日の下で見ればすぐにわかるぞ」
 鬼は亡者を喰らうと爺は言った。
 佳代は出しかけた手を引っ込めると、ゆっくりと爺を見上げる。急に背中が寒くなった。
「爺、爺にも影がある」
 佳代に言われ、爺は足元を見下ろした。
「はて、少しお喋りが過ぎたかの」
 後ろに下がろうとした佳代の手を、爺の手が掴む。もう爺の顔は笑っていない。
「痛い!」
「ふむ。それならば、さきが来る前に喰ろうてしまわねばな」
 爺がにたりと笑い口を開ける。嫌だ、そう思った時爺の首が宙に浮いた。
「なんじゃ?」
 かと思うと爺の首と体がゆらりと揺れて、風に流されるようにして消えてしまった。
 代わりに佳代の目には、刀を鞘に収めるさきという女が映る。
 さきは佳代に近づくと右手を上げ、佳代の頭を優しく撫でた。佳代が体を強張らせると、さきは苦笑しながら口を開く。
「私は鬼だが、お前を喰ろうたりはせぬよ。鬼は獲物を決めると、そいつを殺して喰らってしまう。お前はあのじじいの獲物だった」
 佳代が顔を上げると頭の手が退けられた。
「鬼を斬れるのは鬼だけだからな。私は閻魔様に頼んで、鬼を斬る鬼になった。他の鬼のように亡者は喰わぬよ」
 だからお前を喰ろうたりはせぬ、安心せい、そう言い聞かすようにさきは言った。
 佳代の目には少し滲んださきの顔と、小さく揺れる赤い玉が映る。
 こうして佳代は、さきと出会った。

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あきゅろす。
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