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批評想草
第十九作目@
■現代恋愛

■ストーリー
 自傷癖のある彼女が、愛を残すために主人公を切り始めて。


長所・サラリとした文章の運び
短所・人を選ぶテーマ、印象に残らない書き方

■総評
 読みやすいのですが、その一方で心に残りにくい作品となっています。
 奇妙な設定に頼るだけではなく、文章にこそ棘をつけてほしいです。

■批評

 この作品を読んだ瞬間、どこからどう手をつけたら良いものか分かりませんでした。というのも、批評をする上で非常に私と相性が悪い作品なのです。
 内容、テーマ、文章の長さ、どれをとっても私には切りにくい作品でして、正直いいますと、今から書く批評が依頼者様の役に立つのかは不明です。どうしても、批評として足りない部分が出てくるかと思います。

 そこで今回は、批評というより私の感想に近い分析方法でいきたいと思います。こんな読者もいるんだなということで、おつきあいいただけると幸いです。
 では、よろしくお願いいたします。

 作品に目を通して最初に抱いたのは、奇妙な感覚です。心臓が捻れるというか、しこりがあるというか。
 この作品は体を傷付けていますよね。「俺」が刃を当てられ、痛みを感じながら血を流しています。こういった描写があると、どうしても私は痒くなってしまいます。
 というのも、「俺=私」という感覚が浮かび、自分が傷つけられているような錯覚に陥ってしまうのです。これは、人によっては「他人」でも痛みを感じてしまうと思います。
 率直に言いますと、グロイんです。
 グロイ作品は、「引いて」しまうものです。例えるなら引き潮かクレバスです。驚異的な引きです。
 この、読者と作品に生まれてしまった深い溝! それを埋めなきゃ、作品として何かを残すなんて不可能です。
 ……そしてこの作品、溝を埋めきれていません。

 そのため、奇妙な読語感だけで、「なんだか変な話を読んだなぁ」だけて終ってしまいます。
 しかもVol.1の一番初めにあるものですから、他の作品を読む気持ちが起きません。どうにも、キャッチーではないのです。

 では、どうして溝を埋められなかったのか考えていきます。
 溝を埋める努力を依頼者さまがしていなかったかと言いますと、けしてそうではないと思います。
 彼女が無邪気に笑ったり顔を赤く染めたりする描写は、とても身近なことですし親しみがわきます。やり方こそトリッキーではありますが、純愛を感じられるラストです。

 ですが、こういった「人物の描写」だけでは、溝を埋めることは出来ません。その動作の理由がなければ、溝を埋めることは出来ないのです。

「なぜ彼女は切り始めたのか」
「なぜ対象が変わったのか」
「なぜ罪悪を感じてないのか」
「なぜ彼氏は逃げないのか」

 彼氏にも分からないことが読者に分かるはずもありません。このままではただのバカップルです。
 何故かはまだ解明されていないのですが、人は背景の分かるバカップルには優しく祝福をし、分からないバカップルには氷河期よりも冷たい視線と嘲笑を送るものです。そしてこのカップルは、残念ながら後者です。

 こういった、溝を生みがちなテーマを扱う時は、その背景を必ず描いてください。
 もしくは相手に疑問を持たせるような文章は消して下さい。もちろん、はっきりと細かく書かなくても良いです。ばっさりと切ることもないです。
 匂いたたせるだけで良いので、疑問の答えを与える。それだけで読者との距離は、ぐっと縮まります。

 印象については、これくらいで。では次に、その他の話をしますね。
 ではでは、もう恒例となった感のある、文章について。

 文章についてですが、今回の作品は、分かりやすく明確ですらすらと読むことができました。
 ですが一方で、くどさを感じる部分も多かったです。

 ひとつ、「彼女」や「俺」といった個人を表す単語が非常に多いこと。ふたつ、同じ意味をもつ言葉をひとつの文章で二回つかっていること。
 このふたつは、説明しなくとも分かると思います。問題にあげるとしたらひとつめ、ですね。

 以前、「オレオレ詐欺」というユニークな犯罪が巷で流行りましたよね。不謹慎ながら、早く来い来いオレオレ詐欺、と胸を膨らませたものです(残念ながら? 貧乏学生の電話には詐欺者どころか家族からの電話もなかったわけですが:トホホ)。

 その「オレオレ詐欺」の方法ですが、まず最初に、「俺、俺」や「私、私」といった人称代名詞を使います。
 そうやって、親しい者へと脳内視線を向けさせることで、相手の注意を現実からそらせ、他人の皮を被ることが出来るのです。
 つまり人称代名詞とは、それほどまでに「個人を脳に浮かべさせ、注目させる」ものなのです。
 このため、人称代名詞を事あるごとに使ってしまうと、くどく感じてしまうわけです。

 それだけではありません。個人に注目させてばかりいるので、決定的な動作や注目を集めたいシーンに使っても目立たず、物語がどうしても単調になってしまいます。そのために、文章が印象に残らないのです。
 人称代名詞は、使用すると不思議と語呂が良くなり、語りやすくなります。それは「俺、彼女」等が、会話に多用される言葉だからかもしれません。ですが、多用は禁物です。
 自己主張の激しい人(例:校長、政治家、管理人……)、無視したくなるのが心情なのです。

 さて、指摘箇所は少ないですが、以上で書評とさせていただきます。
 と、その前に、まとめを。

 今回の作品は、タイトルの「SCAR」でわかる通り、非常にショッキングなテーマを扱っています。ですが様々な要素から、せっかくのテーマがぼやけ、印象が薄れてしまっています。そればかりか、敷居を高くしてしまっています。
 どうしたら読者に印象を与えられるのか、どうしたら作品が心に残るのか。そのことについて模索し、よりよい作品造りを目指していってください。
 誰かの心に、文字通り「SCAR」を残して下さい。

 それでは、失礼いたします。おつきあいいただき、ありがとうございました。
 少しでも、お役に立ちましたら、幸いです。




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