絶チル小説
I
貨物船の欄干から誤って海に転落した智尾は、失っていた意識を取り戻した。
智尾「…うん……?」
その視界いっぱいには、まるで罪の無い青空が広がっていた。
智尾は、船の欄干を乗り越えたところまでの意識は覚えていた。
そこから今の状態となったことで、とある1つの答えをはじき出した。
智尾「もしかして、ここがあの世ってやつか…?」
青空しかない視界に、感覚のない全身……そう思うのは、ある意味で当然のことであった。
?『気ガ付イタカ少年?』
智尾「…!」
はじき出した答えを反芻していると、脳内に直接入り込むような声を感じ取った。
改めて自身が「そうなった」という感覚を持った。
智尾は自嘲心も覚えつつ、諦めたような独り言を呟いた。
智尾「その声は……きっと神様かな。ああ…僕は本当に…」
?『何ヲ言ッテイル?君ハ生キテイルデハナイカ。』
智尾「…え?」
声の内容が、自然と遠退いた感覚を現実に引き戻した。
試しに智尾は、自分の両腕を動かす力を加えてみた。
すると青空だけの視界の下側から、見慣れた腕と手が現れた。
智尾「ん、よいしょっと…。」
さらに横たわっていた上体を起こすと、その先に足も見えた。
周囲を見渡すと、智尾自身は砂浜に寝ていた。
そして視線の先の海辺には、背ビレに「伊」「009」と書かれた、1匹のイルカが佇んでいた。
智尾「…お前が話しかけたのか?」
伊-九号『如何ニモ。』
イルカの正体は、バベルに所属するエスパードルフィン、伊−九号(伊号)だった。
正確には、バベルの創設前から存在しており、先の大戦の生き証人でもある。
しかし智尾は、バベル在籍中にも伊号の存在を知らなかったため、先人(?)とは分かるわけもなく、フランクに話しかけた。
智尾「何なんだ、お前は?」
伊-九号『タダノ通リスガリノいるかダ。気ニスルコトハナイ。』
智尾「テレパシーが使える通りすがりのイルカなんて、そうそう居ないと思うけどね。」
伊-九号『ソウカネ?』
一見すると、人間と動物が会話をしているという、まさに夢物語のような光景である。
しかし伊号は、イルカ特有の愛嬌のある表情のまま、老人染みた話し方であるため、智尾は少し困惑していた。
もっとも伊号の会話の発信はテレパシーのため、元超能力者の智尾は、この意志疎通には興奮を感じていない。
智尾「で、何であんたはオレを助けたの?」
船から落ちた智尾がこの場に居るのは、紛れもなく伊号が助けたからであり、現状に最もな疑問を投げ掛けた。
伊-九号『君ハ未来ヲ変エル力(ちから)ヲ持ッテイタ。』
智尾「未来…?」
伊号は顔色1つと変えず、淡々と話を始めた。
伊-九号『未来ヲ変エルコトデ、皆ガ幸セニナレルハズダッタ…シカシソノ力(ちから)ノ使イ方ヲ、君タチハ少シ間違エテシマッタヨウダ。』
智尾「…なんだって?」
伊-九号『私ハモウ生キテイナイコトニナッテイル。ココデノ話ハ忘レテモイイ。』
助けた理由は「未来が云々」……質問をしたはずなのに、それが解決しないうちに、新しい疑問が次々に出てきていた。
しかし智尾は、不思議と苛立ちを覚えなかった。
伊号の話す内容は、何故か妙に心に収まり、嘘を言っているように思えなかった。
そして最後に伊号は、智尾に対し、とある「お願い」を言った。
伊-九号『1ツダケ頼ミガアル。コノ老兵ノタメニ、代ワリニ君ガ未来ヲ見届ケテホシイ。』
智尾「未来を…見届ける……。」
智尾は伊号と目を合わせた。
純粋な眼差しからは想像も出来ない話し方と、全てを悟っているかのような説得力を感じた。
伊号の「お願い」を聞き、考えた智尾は、その答えを言った。
智尾「何だか分からないけど、オレの目標が出来たよ。…要するに、生きてろってことだよね。」
伊-九号『ソウ受ケ取ッテモラエルト助カル。…頼ンダゾ、少年ヨ。』
智尾の「イエス」に相当する答えを聞いた伊号は、踵を返すように、沖へと泳いでいった。
智尾は1人、砂浜に腰を落とした。
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